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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第92話『構成作家は天邪鬼』 感想

 今回の原作は「天邪鬼」。60年代マガジン版からの、お馴染みの一本です。
 ひねくれ老人によって封印を解かれ復活した妖怪天邪鬼が、人々を不幸にすべく老人とともに悪事を繰り返し、鬼太郎が事件解決に乗り出す――というオーソドックスなストーリー。
 過去には一期、三期、四期でアニメ化されましたが、やはり一番強く印象に残っているのは、四期の「復活!妖怪天邪鬼」ですね。昨年のゲゲゲ忌の上映会で久々に堪能いたしました。

 さて今回の第六期バージョンは、人間側のゲストをひねくれ老人からテレビ局のディレクターに変更。天邪鬼の悪事の舞台も、いわゆるドッキリ系のバラエティ番組に置き換わり、人気番組として毎週全国にオンエアされるという大規模なものになりました。
 もっともこの番組、被写体側の同意は天邪鬼の脅しによって得ていたという悪質なもので、鬼太郎も原作と違って素直に事件解決に乗り出します(原作では、最初の被害者が富裕層だったことから、鬼太郎が自分の予定を優先して、解決依頼を拒むという描写がありました)。
 しかし鬼太郎に諭されたディレクターの奥田さんは、視聴率が取れるなら倫理違反もやむなしと、制作を続行することに……。この辺り、実際の番組制作現場でも似たようなことになっているのかもしれませんね。

 昨今はどうだか知りませんが、この手の「一般人相手に悪戯を仕掛けるバラエティ番組」は、僕が小さい頃はよくあったような気がします。よくあったということは、それだけ視聴率が取れたのでしょう(もちろん、不快であるという声も少なからず上がっていましたが)。
 こういった視聴率重視&倫理軽視の姿勢は、やはりテレビ局の体質として、今も変わっていないように思えます。バラエティ番組はもう見ていないのでよく分かりませんが、報道番組なんかは相変わらず酷いようですね。
 例えば鬼太郎絡みの話題で言えば、以前水木先生がお亡くなりになった時の報道。ご家族が号泣している声を家の外から(おそらく無断で)録音して、それをオンエアに流すという……。あれはテレビを見ていて本当に不快になりました。

 ともあれ、こういったテレビ局の体質に対する皮肉として作られたのが、今回のお話と言えそうです。
 脚本を書かれたのは、以前「皿小僧」の回も担当した伊達さん。←名前覚えた
 芸能関係ネタといい、奥田ディレクターの家族の描写といい、確かに「皿小僧」の時と共通する空気を感じました。人間が鬼太郎の忠告を無視して、「やってはいけない」と言われていることを続けてしまうという部分も重なっています。
 しかし一方で、その結末は大きく異なりました。「皿小僧」のビンボーイサムが家族よりも自らの欲求を優先し身を滅ぼしたのに対し、今回の奥田ディレクターは、息子の言葉から自らの過ちに気づき、天邪鬼に立ち向かいます。片やバッドエンド、片やハッピーエンドと、両者は共通項を持ちながらも対極にあるエピソードと言えるのではないでしょうか。
 「皿小僧」はその後味の悪さがいい意味で印象に残りましたが、今回の「天邪鬼」のハッピーエンドも気持ちのいい終わり方でした。
 高視聴率に歓喜しながらも天邪鬼の暴走に罪悪感を抱えていた奥田が、子供の言葉によって本心を取り戻すという展開も気持ちよく、風刺もしっかりと生きていて、なかなかの良作だったと思います。


 というわけで、今回はここまで。
 次回は――お、「まぼろしの汽車」ですね。
 吸血妖怪絡みということは、そろそろ西洋妖怪側の動きもあるのでしょうか。楽しみにしています。
 ではまた!

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ジャンル : アニメ・コミック

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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第91話『アンコールワットの霧の夜』 感想

 何だかしっくり来ない話でした。
 ……と、いきなり否定から入るパターン。

 今回の原作は「アンコールワットの女」。鬼太郎シリーズではなく、ビッグコミック誌に連載された「世界怪奇シリーズ」からの一本です。
 愛する女性・ワランを亡霊に連れ去られた大学生・モリモトが、四年の歳月をかけて亡霊の謎を追い、彼女を取り戻すまでを描いたストーリー。南方の地を鎧武者の亡霊がさまようというこのミスマッチさが、独特のミステリアスな雰囲気を漂わせています。
 この「世界怪奇シリーズ」はいずれも読み切りの短編で、「アンコールワットの女」以外にも「雨神ユムチャック」や「イースター島奇談」など、第二期でお馴染みの作品が並んでいます。
 連載元が青年誌だったということで、アダルトな要素を含むものが多いですが、ご興味のあるかたはぜひ読んでみてください。かつては様々な短編集にバラバラに収録されていましたが、現在は漫画大全集でシリーズ丸ごとまとめて読めますからね。

 で、「アンコールワットの女」ですが、アニメ化されたのは今回が三度目になります。
 まず、ざっと過去作を振り返ってみると――。
 一度目は第二期「アンコールワットの亡霊」。原作ではさらりと触れられていた「井戸」を、物語のキーパーツとして設定し、新たに敵役を用意するなど、細部を改変する形での映像化になりました。
 そして二度目は第五期「呪われた映画」。こちらは原作の物語を映画という形で劇中劇に据え、そのリメイク作が撮影されるたびに、撮影スタジオに妖怪・沼御前が現れて惨劇を繰り返す――というストーリー。かなり大胆な改変ですが、人間に手を差し伸べることを諦める鬼太郎や、結局事件が解決しない結末など、いい意味で後味の悪さが残るホラーエピソードになっていました。
 ちなみにこちらでも、井戸がキーパーツに設定されています。

 そんなこんなを踏まえての、今回の第六期バージョン。
 大昔に村で起きた惨劇。亡霊にワランを連れ去られたモリモトの話と、それを解決したかつての鬼太郎の話。本郷と沙羅の身に起きた悲劇。そして、現在……。
 いくつもの事件が様々な時間軸で起き、これらが複雑に折り重なった上で、最後に亡霊の意図が明かされる――という、なかなかに凝ったストーリー展開でした。
 なお、原作や第二期でお馴染みのモリモトとワランは、ファンサービス的な出演に留まり、アニメオリジナルキャラクターである本郷と沙羅が、物語のメインを担う形になっています。
 この二人が、実はかつてオインを裏切った男と、オインの妹の生まれ変わりだった――という真相は、おそらく原作のオチをベースにしたものでしょう。
 なのでこの真相自体は、特に気にはならないのですが……。

「沙羅が突然自殺し、本郷が長年苦しんだのは、本郷が前世で犯した罪に対する亡霊の復讐だった」

 うーん。いや、ここもまだいいんです。
 しかし納得できないのが↓コレ。

「本郷さんもまなちゃんも、この真相に納得。最後は本郷さんが許されてめでたしめでたし」

 ……え? ちょっと待って。なんか美談っぽくまとめようとしているけど、人間側はこれ受け入れちゃうの?
 いや、「前世の罪を来世で償う」ってのは定番のネタだし、実際にそういう宗教観を持っている宗教もあるから、全否定するわけじゃないけどさ。
 だけど万人が納得して受け入れるものでもないんじゃない?
 僕は理不尽だと思うよ。こんな身に覚えのない罪に問われて、「でも許されたよ、良かったね」なんて言われても。
 だいたいオインもさ、自分の妹が生まれ変わって新たな生を得たのに、それがまた自殺したから(もしくは自殺するように仕向けて)「恨みが晴れたー」って喜ぶの、どうなん?
 元はと言えば自分が斬った妹やぞ。葛藤とかないんか、亡霊め。

 いや、「前世の罪は絶対に来世で裁かれるんです」とか「亡霊の価値観からすれば恨みは晴れるんです」とか言われたら、はいそうですかとしか言いようがないんだけどさ。
 だから決してストーリーが破綻してたってわけじゃないんだけどさ。
 でもさ。でもさ。
 こんなん納得できるかーっていう。

 というわけで、おそらく制作陣の意図とは反対方向の、何とも後味の悪い印象が残ってしまいました。
 うーん、気に入ったシーンなんかもちょこちょこあるんですけどね。霧の中に佇むアンコールワットの遺跡の陰が、霧が晴れると同時に東京駅の駅舎に変わってるところとか。
 まあでも、全体的に見たら……残念回でした。はい。


 さて、気を取り直して……。
 次回は「天邪鬼」ですね。いったいどんな感じになるのでしょうか。
 ではまた!

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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第90話『アイドル伝説さざえ鬼』 感想

 何この垂れ流しギャグ回(笑)。

 今回の原作は「さざえ鬼」。これまで二期を除く全シーズンでアニメ化されてきた、お馴染みのエピソードですね。
 鬼太郎の偽者が登場するということで、脚本側からすればアレンジしがいのあるストーリーのはずなのですが、意外にも、この「偽者」という要素に重点が置かれたシナリオは、これまで作られてきませんでした。
 そこから一転、今回は偽の鬼太郎を大々的にフィーチャー。しかも超人気アイドルとして登場させてしまうという――。いや、飛ばしすぎやろ(笑)。

 内容は見てのとおりのコメディ。……なのですが、ツッコミは視聴者任せにして、どこまでも一方的に突き進むタイプのコメディでしたね。
 やたらとGを不審がる鬼太郎。どう見ても偽者なのに誰も気づかないニセ鬼太郎。なぜか食われたがっているさざえ鬼。キャストがいないのに出番だけはあるせいで終始無言の子泣きじじい。一人だけ原作風ルックスの人魚。デトックス。あのオチ。などなど。
 いや、正直感想が難しいところではあります(笑)。
 クスッとした部分もあるし、吹いた部分もあるし、やや白けた部分もあるし。まあ、そこはコメディ回ということで、はまるギャグとはまらないギャグがあるので、やむを得ないことではあるのですが。

 僕個人の好みを言えば、この手の垂れ流し系コメディですと、やはり画面の至るところにツッコミどころを仕込んで強引に笑いのラッシュをかけるという手法が好きです。
 僕の世代の作品だと、洋画ですが、『裸の銃を持つ男』シリーズみたいな感じですね。
 そういう意味では、今回の第六期版「さざえ鬼」は、まだちょっと物足りなかったかなぁと思います。やるならもっとやれって感じで(笑)。

 ちなみに公式ツイッターによれば――この脚本、もとは1ケタ台で予定されていたものの、スタッフ内でも賛否両論で、結局お蔵入りになっていたものだったとか。
 うん、まあ。確かに1ケタ台は早いですわな(笑)。
 むしろ、エピソードのバリエーションをあらかた消化したこの時期だからこそ許されるというか。たぶんそんな回だったと思います。

 しかし驚くべきは、ここまで改変されてなお、原作「さざえ鬼」の展開がきっちり守られていたこと。
 人魚の子を連れたニセ鬼太郎が目撃される → 鬼太郎が人魚から事情を聞く → さざえ鬼の住み家に乗り込む →食われそうになって体内電気で脱出 → プレスされる → 食われる → 毛穴から脱出して逆襲
 これ全部ちゃんとこなしてんの。ビックリだわ(笑)。
 そういう意味では、ちょっと「かまぼこ」回に通じるものがありました。
 ちなみに原作ネタと言えば、ラストでサザエの蓋が目のように見えたのは、水木先生の幼少期のエピソードを基にした小ネタですね。知っている人は「あ」と思える部分でした。

 というわけで――。
 まあ、自分の中でも賛否両論には違いないのですが(笑)、楽しいと言えば楽しかった回でした。
 何にしても、プロローグで倒れた鬼太郎のシーンをラストのオチに繋げたのは、素直に上手かったと思います。


 さて次回は――「アンコールワットの女」!
 鬼太郎作品以外からの映像化は「死人つき」以来ですね。
 第五期でもやったエピソードですが、今回はどんな形になるのでしょうか。
 楽しみにしています。ではまた!

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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第89話『手の目の呪い』 感想

 今回の原作は「手の目」。タイトルどおり、妖怪手の目が敵として登場するエピソードです。
 このエピソード、60年代マガジン版の作品ということもあって、過去何度も映像化されてきた……かと思いきや、実はそうではありません。
 もちろん手の目というキャラクター自体は、「目が手の平に付いている」という分かりやすいビジュアルのおかげか、歴代アニメ版でもよく採用されてきました。第二期を(第一期の続編のため)ノーカンとすれば、欠席したのは第四期のみ。それ以外のシーズンでは常連になっています。
 しかしその登場エピソードを見返してみると――。

 第三期は「妖怪手の目と地獄の餓鬼」に登場。しかしこれ、原作は「手の目」ではなく、「迷路」(鬼太郎作品ではない読み切り短編)ですね。この他「鬼太郎危うし!妖怪大裁判」にも登場しますが、いずれも「手の目」が使われたわけではありません。
 また第五期では、同じく「妖怪大裁判」で敵として登場。他にもいくつかのエピソードに登場しましたが、やはり「手の目」そのものは原作には採用されませんでした。
 したがって今回の「手の目」の映像化は、実は第一期以来だった――ということになります。

 もともと「手の目」という作品は、割りとあっさりした短編です。
 ただ、手の目に手の自由を奪われた少年が殺人を犯してしまったり、鬼太郎が自らの手首を切り落としたりと、結構過激な(とは言えあくまで作風はいつもの水木先生ですが)展開が盛り込まれているので、そのままの映像化は難しかった……という理由があったのではないでしょうか。まあ、憶測ですが。
 しかし今回、第六期にてようやく解禁。やっぱり第六期ですと、この過激さは相性がいいのでしょうかね(笑)。
 舞台はあくまで現代、あくまで第六期の世界観ながら、そこに原作の展開をきちんと落とし込み、しっかり「手の目」のストーリーを第六期ならではの形で再現してくれました。

 ちなみに、主な原作要素がアニメ版でどう置き換わったかをまとめると――。
・少年が手の目に操られて殺人を犯す→要人が次々と自殺
・鬼太郎が自分の手首を切り落とす→指鉄砲による殺人を防ぐためねこ娘が切断
・鬼太郎が見せられた無数の手の目の幻覚→仲間が人間に殺される幻覚

 だいたいこんな感じです。
 一方で、切断された鬼太郎の手が這い回ったのは原作のまま。いやはや、もうこのネタは朝のアニメでは見れないものと思っていましたが……まさかやってくれるとは!
 しかしこうなると、吸血鬼ラ・セーヌの回の時にチャンチャンコで済ませちゃったのが、ちょっともったいないですね(笑)。
 ともあれ今回はだいぶ原作回収率が高く、ホラー要素もきつめで、その辺は僕としては結構嬉しかったです。

 しかし純粋に楽しい話だった――とならないのは、やはりこの不穏展開のためですね。
 第六期ならではの要素として描写される、人間と妖怪の対立。今回はこの溝がさらに深まっていきます。
 ぬらりひょんの暗躍。そして総理の野望――。いや、EDに出だした時点で「あれ?」と思っていたけど、まさかこのオバチャンがストーリーのキーパーソンに昇格するとは。もうてっきり妖怪に翻弄されるだけのギャグキャラだと思ってましたよ(笑)。
 おそらく「妖怪獣」の時の屈辱から、妖怪全体に敵意を抱くようになった……といったところでしょうね。独断で妖怪抹殺政策を進める危険人物になり果てました。
 彼女が成立を狙う「妖対法」は、ストーリー内での会話から察するに、妖怪を無差別に抹殺するものとなるのでしょう。今回は一時頓挫しましたが、公式ツイッターやEDを見る限り、今後も話に絡んできそうです。

 それにしても――鬼太郎作品の中で、人間がここまで妖怪対策に本気で乗り出したケースというのは、なかなか前例がありませんね。
 もちろん個々の妖怪事件に対して、人間が対策会議を開くようなシーンはいくつもあったわけですが……だいたい「どうにもならない」で終わるのが定番でした。
 もっともこれについては、過去のシリーズにおいて常に、「妖怪の力が人間を上回っていたから」という理由があります。警察も自衛隊も相手にならない。いや、場合によっては「妖怪なんているわけがない」と、妖怪の存在そのものを否定し、事件解決に乗り出そうとすらしない――。
 だからこそ、鬼太郎が素直に活躍できる舞台が整っていたわけです。
 しかし第六期では、人間が政府レベルで妖怪の存在を認め、きちんと退治方法まで確立させてしまいました。妖怪・オカルト物の作品ではいくつも例がありますが、鬼太郎シリーズの中では、かなり異例中の異例と言える事態です。
 そして――この異例の中で人間が選択しようとしているのが、「妖怪の無差別排除」というわけです。

 これについて、「政府酷い」と眉をひそめることは簡単でしょう。
 しかし……僕としては、ここで少しリアルな視点で考察してみるのもアリだと思いました。

 第六期において、これまで妖怪による大規模な被害は、何度も起きてきました。そもそも、すでに八百八狸の事件で政府は妖怪の存在を認めていますから、その後無策のまま妖怪を放置する――ということはあり得ません。度重なる妖怪被害に対して、対策を講じるよう動くのは、至極当然と言えます。いやむしろ、対策を講じる気がないなら政府としては失格です。
 まあ、これが別作品なら、政府直属の霊能者組織でも設立されるところですが……(笑)。あいにくそうはならず。
 妖怪に効く特殊な銃を開発し、警察がそれを運用することになったわけですね。
 しかし、これ自体も特に問題ではないはずです。社会の治安を守るのは警察の大事な役目ですし、その警察には、治安を乱す相手に打ち勝つ力が必要だからです。
 ……この考え方を「野蛮だ」と感じる人もいるかもしれません。しかし実際問題、悪意(「敵意」ではなく「悪意」です)のある相手を丸腰で説得するのは無理な話です。ましてや相手は、人間の力を遥かに凌駕する妖怪。となれば、専用の武装は必須でしょう。

 では逆に、「妖対法」の何が問題なのか。
 端的に言えば、善悪の区別なく「妖怪」を一括りにし、理由もなく無差別に、問答無用で抹殺する――という内容に問題があります。
 言い換えれば、実は問題はそこだけです。
 国家機関が妖怪による人的被害を防ごうとする動きには、何の問題もありません。それは、たとえ総理の言動が悪質だったとしても同様です。人間が妖怪を恐れ、国家に安全保障を求めるのは、至極当たり前のことでしょう。
 ただ一方で、妖怪の中にはすでに市民権を得ている者もいます。小豆連合軍やひでり神、何より鬼太郎……といった面々ですね。「妖怪」を一括りにするのではなく、善悪(まあ、その基準は人間側に委ねられますが)によって区別するべきである――。この意識が大事です。
 もっとも、この点に気づいている人間は決して少なくはないはずです。したがって、世論がそのように政治に働きかけることは可能でしょう。
 加えて、武装は抑止力として用い、実力行使は最終手段とすること。……この辺は常識ですね。まあ、現実世界では概ね守られていますが。
 ……とまあ、以上の部分を見直しさえすれば、「妖対法」なるものの成立は可能であり、それは人間と妖怪のどちらにとっても絶望的なものではない――と、僕は思っています。

 ちなみにもっと現実的な視点から考えれば、この総理は狸に日本を売った時点で、とっくに辞任させられてなきゃおかしいんですがね(笑)。
 まあ、それ言ったら身も蓋もないっていう。

 ……というわけで、人間視点から見た「妖対法」に対する一意見でした。
 しかしアレですね。現実の政界もこれぐらい強気に安全保障に取り組んでくれれば、ありがたいんですけどねー。おっと話が逸れた。


 はい、今回はここまで。
 次回は「さざえ鬼」ですね。アイドルってのは、要するにニセ鬼太郎のことでしょうね(笑)。
 楽しみにしています。ではまた!

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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第88話『一反もめんの恋』 感想

 今回はアニメオリジナル回。一反もめんを主役に据えたエピソードでした。
 しかも今期のもめんが色ボケキャラということで、内容も恋愛コメディ。まあ、展開的にはすごくベタで、一反木綿が意中の女性にいいところを見せて恋が成就するかと思いきや、「私好きな人がいるの」で台無しという――。うん、実によくあるオチですね。
 そんなわけで、だいぶ箸休め的な内容だったと思います。おしまい。

 ……ってだけだと何なので、もう少しいろいろ見ていきましょう。
 今回のゲスト妖怪は古籠火。原典である石燕の本では「ころうか」と読みますが、水木先生の本では「ころうび」という読みになっているので、劇中でも「ころうび」です。
 何気にアニメ初登場ですね。原作でも、たぶんモブ役ぐらいでしか出ていなかったと思います。
 ベースになっている妖怪画では、全身像がはっきりしない上に、顔も真正面を向いていないため、キャラデザを起こすのは結構大変だったのではないでしょうか。
 ……アニメ版の古籠火の姿だけをパッと見て「古籠火だ」と気づける水木ファンは、どれぐらいいるのか。うーん、もうちょっと目と目の間が離れていればよかった気もしますが、果たして。

 そして、鬼太郎の恋愛音痴っぷりと来たら(笑)。
 たぶん第四期ぐらいからですね。鬼太郎がこうなっちゃったのは。
 一応原作では結構恋愛してますし、やることもしっかりやっていたりするので、鬼太郎の恋愛音痴ネタはアニメ版での独自路線と言えそうです。
 またギャルゲーで寝ずに特訓しないとな!

 というわけで、今回はここまで。
 ……って、一番コメントが多いのが古籠火についてという、だいぶアレな感想になってしまった気もしますが。
 いや、べつにつまらなかったってわけじゃないんです。しっかり笑って楽しめるエピソードだったのは間違いないんですけどね。
 普段から濃い話が多い分、今回みたいな内容だとあまり語ることがないっていう(笑)。


 さあ、次回は「手の目」ですね。
 次回予告が不気味感に溢れてます。期待しておきます。
 ではまた!

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