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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第28話『妖怪大戦争』 感想

 西洋妖怪編・第二回。
 アニメ墓場鬼太郎ネタの「誰が政治しとるのか!!」(byねずみ男)からスタートする今回は、西洋妖怪軍団が本格的にゲゲゲの森を襲撃。緑溢れる大自然が炎に包まれ、地獄のような、まさに「戦場」と化しました。
 ヴィクター博士が造った変なクリーチャーにムシャムシャされる岩魚坊主さん達が哀れ。しかし岩魚坊主、いっぱいおるんやな。川の主なのに……。

 ただ、ヴィクターにしろカミーラにしろ、まだその活躍ぶりは、きちんと描かれてはいませんでした。そちらは今後のお楽しみ――ということでしょう。
 今回は、前回から引き続きヴォルフガングと、加えて魔女アデルがメイン。満月の力で銀の弾丸すら通用しなくなったヴォルフガングと、魔法石を駆使して縦横無尽に魔法を展開するアデル。どちらも絶望的なほどの強敵で、しかも肝心の鬼太郎は、アニエスに植えつけられた膨大な妖力を制御できずに、戦闘不能状態。当然日本妖怪勢は大苦戦するわけですが――。
 そこから鬼太郎が覚醒し、強敵二人を相手に問答無用のワンサイドゲームを叩きつける!
 いやぁ、お約束と言えばお約束ながら、やはりこの手の大逆転劇は爽快感がありますね。

 しかし、これほど有利な状況になりながら、そこへベアードが出現したことで、またも形勢は逆転。
 上空から眼力を発揮しただけで森を炎上させるという、凄まじいにも程がある実力を見せつけたベアード。何だかシーズンを重ねるごとに、どんどんパワーアップしている気がします。もう第三期の全エネルギー砲が可愛いレベルです。
 幸いアニエスがアルカナの指輪を発動させたことで、西洋妖怪軍団は撤退しましたが、彼らのヤバさはしっかりと視聴者の脳に刻み込まれたことでしょう。

 ……かくしてゲゲゲの森に甚大な被害をもたらした、妖怪大戦争。
 当初、耳長達への贖罪の意識からアニエスをかくまおうとした鬼太郎ですが……彼が最後にアニエスに告げた台詞は、いったい何だったのか。
 答えは、来週アニエスが人間の町に出ているところから、自ずと見えてきそうな気がします。


 最後に、今回のサブタイトルである、「妖怪大戦争」について。
 原作では日本妖怪と西洋妖怪の死闘を描いた大長編の名であり、言わば西洋妖怪編を象徴することになるはずだった、このタイトル。しかし、その西洋妖怪編のわずか第二回、敵は半ば顔見せに近く、戦いも絶望感溢れたものだった今回、なぜ敢えて「妖怪大戦争」という題が付けられたのか――。
 おそらくは、戦争というものが持つ悲惨さを表すためだった……と考えられるのではないでしょうか。

 今回のエピソードは、まさに「悲惨」でした。あれほど豊かだった森が燃え、多くの妖怪が傷つき、命を落としました。
 そもそも原作の「妖怪大戦争」でも、一反木綿、ぬりかべ、子泣き、砂かけの四人が、無残にも西洋妖怪に殺されてしまいます。当時まだレギュラー陣でなかったとは言え、彼らを明確に「戦死者」として描いたのは、やはり水木先生の体験がもたらした戦争観ゆえだったのではないでしょうか。
 水木先生にとって戦争とは、ご自身が兵隊として経験されたからこそ、まさに「死」以外の何物でもなかったのでしょう。
 妖怪大戦争――。この五文字は、一大娯楽としてのロマンを帯びていると同時に、実はとてつもなく重々しいものでもある……ということかもしれません。


 さて次回は、ヴィクター・フランケンシュタインにスポットを当てたエピソードになる模様。
 ……と同時に、ついにまなちゃんが参戦。目的のために手段を選ばない(選ぶ余裕がない)アニエスに、まなちゃんはどのように接するのか。そして、そんなまなちゃんを相手に、ヴィクターは何をしてくれやがるのか。
 いろいろなものを期待しながら待ちたいと思います。
 ではまた!

テーマ : ゲゲゲの鬼太郎
ジャンル : アニメ・コミック

tag : ゲゲゲの鬼太郎 水木しげる 妖怪 アニメ

ゲゲゲの鬼太郎第6期・第27話『襲来!バックベアード軍団』 感想

 いよいよ始まりました。西洋妖怪編。
 どうやら1クール丸ごと「妖怪大戦争」ということになるようです。「妖怪大戦争」は、数ある原作エピソードの中でも最大級の大ネタ。しかしきちんと映像化されたのは過去三度……と、意外と少なかったりします。
 順を追っていくと、第一期に前後編。第三期に劇場版。第五期に前後編。
 この他、第四期では「まぼろしの汽車」との組み合わせで劇場版が作られましたが、バックベアード不在だったり、戦闘の舞台が汽車の中だったりで、だいぶ「妖怪大戦争」のイメージからは遠ざかっていました。個人的には、これはノーカンだろうと思っています。
 ……とまあ、そんな過去の「妖怪大戦争」を踏まえて見ても、今回は1クール費やすという大胆さ。長期間なので、場合によってはグダグダになるという危険性もあるわけですが……まあその辺は、毎回きちんとストーリーをテンポよく進展させてくれれば問題ないでしょう。

 個人的に気になるのは、やはり「ブリガドーン計画」ですね。
 ブリガドーンと言えば、原作では「ブリガドーン現象」という名前で登場。これは西洋妖怪達が住む巨大な球体ですが、特定の気象条件下で現れる自然現象という設定になっており、これがとある島を丸ごと包んでしまったことで、その島は西洋妖怪に占領されてしまいました。
 ちなみに貸本版「墓場鬼太郎」のエピソード「ボクは新入生」にも、ブリガドーン(こちらは日本妖怪も住んでいます)が登場します。この作品はマガジン版で「朧車」の題でリライトされ、ブリガドーンも「怪気象」という名前に変更されました。
 ともあれ、この「ブリガドーン」というキーワードが登場したのは、原作ファンとしては嬉しいところです。果たしていかなる計画なのか、気になりますね。

 ということで――ついに始まったVS西洋妖怪戦。まずは狼男との勝負からスタートです。
 以前の予習編でも書いたとおり、ヴォルフガングは人間態の方がプッシュされている感じです。原作や過去のアニメ版では、狼男の容姿は「オオカミ頭の怪人」で統一されていて、例外は「墓場鬼太郎」に出てくる人狼(ひとおおかみ)のみ。ですから第六期のオッサン風味は、だいぶ異例となっています。
 そして、そんなオッサンからの、気合いの入った変身シーン。原作のフサフサ感がないのはちょっと残念ですが、その暴れっぷりはなかなかのもの。受けたダメージを瞬時に回復させるも銀の弾丸に弱い――という特徴は、狼男キャラとしてはかなりベーシックなので、キャラデザインは違っても、狼男としての安心感(?)はきちんとあったように思います。

 一方アニエスとアデルの魔女姉妹。こちらはまだ本格的に鬼太郎と絡んでいないので、深掘りされていくのはこれからでしょう。特にゲストヒロインのアニエスは、鬼太郎やまなとどのような関係になっていくのか、注目したいところです。
 それはともかく……ほんとどこにでも現れるな、黒いオッサン(笑)。

 さて、そんな西洋妖怪編第一回には、もう一チーム、外国から渡ってきた妖怪がいました。
 西洋妖怪に祖国を蹂躙され難民と化した、南方の妖怪達です。公式サイトには耳長だけが載っていますが、他にビディ、エギク、土の精、竹鼠の精……と、このメンツはいずれも水木妖怪図鑑からの出張組。ちなみに出身地はマレーシア(一部はマレー半島)で統一されていますので、おそらく西洋妖怪に襲われた国というのは、マレーシアで間違いないでしょう。
 現実の歴史を見れば、東南アジアの国々は(も、とした方がいいでしょうが)、かつて欧米諸国の植民地でした(その状況の中で、アジアの一国家である日本が欧米に抗った意味は大きかった、とされています。第二次大戦に対する視点の一つですね)。思えば原作の「妖怪大戦争」も、小さな島を西洋妖怪が占領したところから事件が始まっています。今回のマレー妖怪の件も、その辺のことを踏まえているのかもしれません。

 ついでに、今回登場したマレー妖怪をざっくり解説しておきましょう。
 まずは耳長。難民妖怪の代表というポジションでした。本来は憑き物のようなもので、子供に取り憑いて親の言うことを聞かせなくする妖怪です。取り憑かれた子供は親に叱られ、その際に耳を引っ張られるので、耳が伸びていくといいます。
 続いてビディ。作中でも説明があったように、川にオシッコをする妖怪。川で泳いでいて下半身に痛みを覚えたら、この妖怪がオシッコをしたせいだ、とされます。
 竹鼠の精は、文字どおりタケネズミの精霊。タケネズミは、竹を食い荒らす妖怪……ではなく竹を食べる動物ですが、これを人間が捕まえようとすると、竹鼠の精がどこからともなく出てきて脅かすとされています。水木先生の絵では、タケネズミの下半身に精霊の姿が浮かび上がっていますが、アニメではこの精霊姿がお尻の辺りからヌッと出ていました。要するに妖怪部分はお尻から出ていた方で、竹を齧っていた獣はただの動物です。
 エギクは、尖った耳と出っ歯の頭から手足が生えたような姿の、橙色っぽい妖怪。15歳未満の子供の目にしか映らず、その奇怪な顔で子供を脅かすとされます。この妖怪を見て泣いてしまった子供は、二度と口が開かなくなります。
 土の精は、長い牙のある顔から足だけが生えた、青い妖怪。土の中にいて、地面を歩いている子供を突然気絶させます。ただし酷い場合は、そのまま死に至ることもあるとされます。アニメでも地面の中から顔を出していましたが……かなりヤバい妖怪だったんですね、これ。
 そして、ケンパス蛇。これは難民ではなく、祖国に散った役として登場しました。鼻と唇の目立つオッサン顔で、そちらばかりが印象に残っていますが、体は蛇になっています。雷の日に飛び回り、人間に巻きついて絞め上げる妖怪です。これに襲われた者は、皮膚が鱗のようになってしまいます。
 最後にもう一体、ケンパス蛇の隣にいた、ウサギのような妖怪なのですが……。ちょっと図鑑の絵と構図が違うので分かりにくいですが、ハンプバックではないかと思われます。人間を襲い、背骨を捻じ曲げる妖怪です。
 ……以上。マレーシアからのゲスト妖怪達の解説でした。

 さて、そんな彼らは、もちろんアニメ初登場。……ただ、役回りはだいぶ損なものになってしまいました。
 西洋妖怪の犠牲者というだけならまだ救いはあった(?)かもしれませんが、そこは現実の難民問題を反映して、かなりリアルなトラブルメーカーという側面も持ってしまうことに。結局鬼太郎達とは分かり合えないまま、その後ヴォルフガングの襲撃を受け、命を落としてしまいます。
 この演出自体は、現実において移民・難民とどのように向き合うべきか――という、一種の問題提起であったと見ていいでしょう。
 もっとも僕の意見ははっきりしていて、「よその国ではよその国のルール(法律)に従う」というのは、諺を持ち出すまでもなく国際レベルでの常識です。なので今回のアニメに喩えるなら、耳長の言い分は(たとえそれが難民の言葉だとしても)完全にアウトである、と考えます。
 多様性にしろ人権にしろ、「他人に迷惑をかけない」という前提で持ち出すべきことです。なぜならその「他人」にも、多様性や人権が認められなければならないからです。世間ではそれを考慮しないような人が悪目立ちしているから、「多様性」や「人権」といった言葉が、ただの薄っぺらい偽善的なものになってしまっているんです。

 鬼太郎と耳長は最終的に、住む場所を分けるという選択をしました。共存を断念した――と考えれば、これは「残念な結果」ということになるのでしょう。
 ただ現実の話として見れば、価値観がぶつかり合う者同士がともに暮らすことは、どう足掻いても出来ません。誰かが一方的に我慢を強いられている状態は、共存とか平和とかそういうありがたいものではなく、単に片方がもう片方を支配しているだけです(これは民族レベルの話ではなく、ご近所や学校のクラスといった身近なレベルでも起こり得ることです)。
 そもそも僕は、共存・平和・多様性の容認といったものは、同じ場所に住まなくたって成り立つはずだ、と考えています。要は互いの領域(思想・価値観を含む)を侵さない、不可侵の心ですね。それさえ全員がきちんと持っていれば、もし互いに接する機会があっても、何も問題は起きないはずなんです。
 大事なのは住み分けです。だから人間は昔から、土地、血筋、思想、趣味などに基づいて、いろいろな共同体を作ってきたんです。こんなの当たり前のことですよ。
 ……とまあ、問題提起があったので、真面目にいろいろと答えてみました。あれ、これアニメの感想だよね?


 気を取り直して軌道修正。
 ラストはまつ毛の伸びたベアード様が現れ、日本妖怪に戦争を仕掛けることを決定。
 フランケン、吸血鬼に加えて、モブには大量の首無し騎士が。このモブも日本に来るのかな。
 一つ気になるのは、黒いオッサンのこと。このオッサンは人間の悪意を集めているみたいなので、もしかしたらこの戦争は、不特定多数の人間を巻き込んだものになるのかも。さてどうなりますか……。

 というわけで、次回のサブタイトルはズバリ、「妖怪大戦争」!
 これは燃えますね! 次回からも楽しみです。

 最後に、新ED。
 そもそも水木悦子さん作詞というのもポイントが高いわけですが、それに加えて……絵が!
 水木妖怪画を背景に踊る、ちびキャラの鬼太郎とねこ娘!
 めっちゃ第三期オマージュ!
 いいですねぇ。ちょっと狙いすぎてるかな、という気がしなくもないですが(笑)、やっぱり該当世代としては嬉しいです。
 これ、出てくる妖怪は、妖怪横丁のあれみたいに毎回変わるんでしょうかね。気になるところです。

 ではまた次回!

テーマ : ゲゲゲの鬼太郎
ジャンル : アニメ・コミック

tag : ゲゲゲの鬼太郎 水木しげる アニメ 妖怪

ゲゲゲの鬼太郎第6期・第26話『蠱惑 麗しの画皮』 感想

 今回のゲスト妖怪は、サイコホラーな親子……ではなく、画皮。
 作中では明確に描写されていませんでしたが、(少なくとも過去作や原典では)日本の妖怪ではなく、中国の妖怪です。それもあって、衣装や巻物に描かれた絵も、どこか昔の中国っぽい感じになっていました。
 そんな画皮が単体でアニメに登場したのは、実は今回が初めて。過去には第三期と第五期で活躍しましたが、どちらも中国妖怪チーの手下というポジションであり、ようやく今シーズンになって、純粋に独立した妖怪として描かれたことになります。

 ちなみに初登場となった第三期劇場版「最強妖怪軍団!日本上陸!!」は、原作の長編エピソード「妖怪反物」をベースとした作品。原作では、チーの手下はいずれもモブ止まりでしたが、劇場版ではこの部分に手を加えて、すでに水木先生が絵に起こしていた中国の妖怪を、チーの手下として多数起用する形になりました。
 こうなった理由としては――おそらく第三期の全体的な傾向として、登場妖怪をいずれも名前付きのキャラクターとして推す形にしていたこと(つまり、妖怪を極力モブ止まりにしなかったこと)。さらに加えて、当時の時点で水木先生の妖怪画ラインナップはかなり豊富になっており、鬼太郎と絡ませないのがもったいないほど、魅力的なキャラクターに溢れていたこと――。以上の二点が大きかったからではないか、と思われます(あくまで推測です)。
 何にしても、このような妖怪画オンリーだったキャラクターと鬼太郎とのクロスオーバーは、アニメファンに水木ワールドをより広く知ってもらう上でも、非常に有効だったのではないでしょうか。
 そんなわけで――第三期劇場版に登場する中国妖怪は、いずれも児童書『世界の妖怪100話』(小学館)(※)に掲載されたものがベースになっています。
 原作に登場するモブや紙の精には、天狗、妖犬、妖神といった『世界の~』に載る中国妖怪の名が与えられ、さらに山ショウ、角端獣、くしゃみの精といった原作にないキャラクターも、すべて『世界の~』からの採用。
 そしてもちろん画皮も、この『世界の妖怪100話』から採用された一体でした。

※現在は『世界の妖怪百物語』とタイトルを変えて復刊されています。

 ただ――実はこの段階で、ある大きな「食い違い」が起こってしまいました。
 そもそも『世界の~』における「画皮」は、妖怪の名前ではなく、妖怪話のタイトルだったのです。
 実際にこの本の「画皮」のページを開いてみると、インパクトのあるあの怖い顔がドーンと描かれていて、さらにストーリーがテキストで紹介されています。が、そのテキストを読む限り、ここに出てくる妖怪の名前は「鬼」です。
 つまり――これは鬼が登場する、「画皮」というタイトルの話であり、描かれている怖い顔の妖怪は、なのです。
 なお、この時水木先生が参考にしたのは、清の時代の怪異小説である『聊斎志異』の一編、「画皮」。この時点でただのタイトルですね。
 つまり、第三期でこの鬼をアニメに登場させた際に、本来は妖怪話のタイトルであった「画皮」を、そのまま妖怪名にすり替えてしまい、それがアニメ版鬼太郎では今なお継続している……というわけです。

 ついでにもう一つ、衝撃的なことを言うと――。
 『世界の妖怪100話』に描かれた鬼(画皮)には、しっかりと体があります
 べつに、巨大な頭だけの妖怪じゃないんです(そもそも上記のテキストには「頭だけ」なんて書かれていません)。
 ただ、絵の構図が顔面のドアップになっていたことに加えて、原画には辛うじて描かれていた肩の辺りも、ページ構成の都合で完全に見切れてしまっていたため、本に載った挿絵は顔の部分ばかり。その結果アニメでも、頭だけの妖怪にされてしまった……というのが真相です。

 ……ただ、こうした名前やデザインの食い違いが、単に当時のアニメ制作スタッフの勘違いによるものなのか、それとも意図して改変されたものだったのかは、正直分かりません。
 少なくともこれらの改変によって、ただの「鬼」という名前(まあ、日本の「鬼」とはまた概念が違うんですが)だった妖怪が、巨大な頭だけの「画皮」という妖怪に姿を変え、凄まじいインパクトを残すキャラクターに生まれ変わったのは確かです。
 以降、第五期、第六期でも、この名前とデザインが踏襲され、すでに定番化していることが窺えます。
 それを思うと、ひょっとしたら当時の改変は意図的なものだったんじゃないか……という可能性が多少はあるわけですが、まあ、どのみち僕は関係者ではないので、その辺は妄想するのみに留めておきます。

 ところで――この画皮という(名前に変わった)妖怪。
 先にも述べたとおり、これは『世界の妖怪100話』から採用されたキャラクターであって、原作版鬼太郎には登場しない……というのは、厳密に言えば、少し違います。
 実は、『聊斎志異』の「画皮」をベースにしたエピソードが、原作の方にも、ちゃんと存在しているのです。
 タイトルは、「鬼妖怪」。ええ、鬼なんです。
 こちらは、鬼太郎の妹・雪姫ちゃんが登場する異色シリーズ「雪姫ちゃんとゲゲゲの鬼太郎」内の一エピソード。ここに登場する鬼は、見た目こそ日本の鬼に近いデザインになっていますが、やはり中国からやってきたという設定。人間の皮をかぶって少女の姿に化け、鬼太郎に近づき、キモを奪って殺してしまう――という、「画皮」と同じストーリーが展開します。
 なおこのエピソードは、「糞仙人」という、歴代原作キャラの中でもなかなか凄まじい見た目の仙人が登場する回でもあります。

 そんなわけで、原典・原作・アニメ……と複雑怪奇に繋がった、水木ワールドにおける画皮の薀蓄でした。
 ……長い。

 そしてここから、今回の感想です。
 絵は恋愛対象になるのか否か、という命題は、僕自身が過去に作品で取り組んだ部分でもありますが、まあこの辺は些細な要素なので置いておくとして……。
 なんかこう、ホラーな意味でも、ホラーとは違う意味でも、朝アニメとしては禁断の領域に踏み込んでいるような気がします(笑)。

 自分の離婚をきっかけに、娘だけは離したくないという一心で娘に恋愛を禁止させた身勝手な母親と、その母親に盲目的に従ってきた娘の物語――。
 「お母さんのことが好きだから言うことを聞いていた」という娘の言葉は、美しくもあり、しかし現実を考えれば重くもあり。少なくとも世間では、同じような理由で親の虐待から逃げられない子供がいる、という話もよく聞きます。
 作中でも、「好きだから言うことを聞くのではなく、自分の頭で考えることが大事なのだ」という最終的な答えが示されました。
 そんな感じで丸く収まっていましたが……いや、やっぱりサイコホラーだよなぁ、あの親子は。
 もうね、画皮と共演して画皮よりインパクト残すって、相当なものだと思うよ(笑)。

 というわけで、ストーカー母と包丁娘が完全に画皮を食ってしまった今作。
 でもいろいろ心に残ったので、純粋にエピソードとしては、正解だったと言えるでしょう。
 ……今週の感想はここまで。薀蓄の方が長いですね、すみません。


 さて次回は――ついに来ました、西洋妖怪編! どうやら1クール丸ごと「妖怪大戦争」をやるようですね。
 すでに過去の西洋妖怪のことはあれこれ書いているので、次からはたぶん、ほぼ薀蓄抜きでアニメの感想になる……かもしれませんが、まあ実際には分かりません(笑)。
 ではまた!

テーマ : ゲゲゲの鬼太郎
ジャンル : アニメ・コミック

tag : ゲゲゲの鬼太郎 水木しげる 妖怪 アニメ

ゲゲゲの鬼太郎第6期・第25話『くびれ鬼の呪詛』 感想

 今回の妖怪はくびれ鬼。漢字で書くと縊鬼。原作には登場しない、妖怪図鑑から採用された妖怪です。
 アニメに登場したのは第四期が初。その後は第五期、第六期と、順調に定番化しています。もともと水木先生の妖怪画の中では初期に描かれた妖怪で、古参ファンの間でも知名度が高いキャラだと思いますので、こうしてアニメでも定着してくれるのは嬉しいですね。

 さて、過去のアニメに登場したくびれ鬼を見てみると、いずれも人間を死の世界に取り込む妖怪として描かれています。まあ、第四期については「死」という明言を避け、「黄泉の国」という形でややぼかしていましたが……。
 何にしても第四期と第五期で共通していたのは、「現世に疲れた人間がくびれ鬼のターゲットにされるも、何らかの形で強い心を取り戻して、死に抗おうとする――」という、一種の成長物語になっていたことでしょう。
 一方今回のくびれ鬼は、死の世界に取り込むというより、ずばり、死なせます。容赦ないです。ストーリーの内容も、成長物語という要素はなく、まなが死の影に追われる様をねちっこく描いた、純粋な恐怖譚となっていました。
 だいたい、冒頭から首吊り死体ですからね。マジで飛ばしてますね、今シーズンは。

 そういえば、この冒頭の首吊り死体。最初はてっきりくびれ鬼の犠牲者だろう……と思って見ていたんですが、後で考えたら、たぶん逆ですね。おそらくこの首吊りさんが、名無しの力でくびれ鬼になったと解釈する方が、正しそうです。
 だからくびれ鬼がばら撒いていた呪いのアプリには、逆五芒星が描かれていたわけで。「スマホばかり見ていると……」という言葉も、ライン(作中ではレイン)で誹謗中傷を受けて死に至った首吊りさんの呟きと受け取ると、しっくり来ます。
 目玉おやじの「自殺者が妖怪になったもの」という説明もきっちり当てはまりますから……間違いなく、冒頭の自殺者=くびれ鬼なのでしょう。
 しかし彼が妖怪の犠牲者ではなく、純粋に周囲の悪意に晒されて自殺した人だった……と分かると、それはそれで後味が悪くてステキですね。
 
 ……なお余談ですが、本来の縊鬼もまた、その名のとおり、人に首吊り自殺をさせる妖怪。名前に「鬼」とありますが、これはどちらかと言えば「死霊」の意味。したがって今期のくびれ鬼は、かなり原典に忠実な設定になっていたわけです。余談終わり。

 一方気になった点は、呪いのアプリの法則性が、少し分かりにくかったところ。思い出しながらざっくりまとめてみると……。

・アプリを開いたら三時間以内に知人の名前を入れること。
・名前を入れた場合、アプリは消滅。入れなければ死ぬ(?)。
・名前を入れられた相手のスマホには、同じアプリが自動的に現れる。

 要するに不幸の手紙方式。「知人」と限定されているため、一度送った呪いは必ず自分に返ってくる――ということになるのでしょうか。ただ、名前は一人分を入れればいいだけなので、まなちゃんのスマホにあれだけ呪いが増殖した(=大量の呪いが返ってきた)というのは、ちょっとよく分からないですね。
 まあ、もともとアプリ自体が流行していて、蒼馬くんも使っていたようなので、いろんな相手からいっせいに来てしまっただけ――とも考えられます。
 何にしてもアレですね。ギスギスしてるのって嫌よね。

 そう言えば、第六期は「人間の悪意」にフォーカスした話が多く、見ていてしんどくなることも多いのですが――。今回の感想を頭の中でまとめていて、ふと気づいたことがあります。
 今シーズンで登場する悪意は、もっぱら不特定多数の悪意だったり、ネットを介していて顔の見えない悪意だったりします。そこがリアルと言えばリアルなのですが、実はこの手の悪意は、水木漫画ではあまり描かれてこなかったものなんですね。
 もちろん水木先生の作品にも、悪人や、そこまで行かずとも嫌なやつは多数登場します。しかし彼らが見せる悪意は、非常にオープンです。
 面と向かってずけずけ、さらりと、堂々と、言葉にして相手に直接ぶつけるわけです。悪者同士が悪巧みするシーンなんかも、隠語など一切出さず、直接的に悪意のやり取りがおこなわれる――。こうした、ある種のオブラートのなさというか、良く言えば陰湿にならない、あっけらかんとした空気感が、水木漫画の持ち味と言えます。
 なので、第六期でフォーカスされている「目に見えない悪意」の描写には、従来の鬼太郎作品からは浮いた「異物感」を覚えてしまう……というのが、僕の個人的な意見です。
 もちろん原作は原作、アニメはアニメ、第六期は第六期と割り切って鑑賞しているので、「だから第六期は鬼太郎じゃない」などという短絡的なアンチ思考には至りませんし、今後もこういうものとして作品を楽しんでいくことになると思います。
 ただ、一つの評論視点として、「原作とは悪意の描き方が違うのだ」というポイントは自分で把握しておきたかったので、敢えてここに書き記した次第です。ゆめゆめ誤解のなきよう。

 さて、話を今回の感想に戻します。
 事件も大詰め。もう少しで首を括ってしまいそうになるまなちゃんですが、そこへ鬼太郎とねこ娘が駆けつけ、呪いのアプリを操っていたくびれ鬼と対決。気合いの入ったホラーからの、気合いの入ったアクションは、一種のカタルシスですね。喩えて言うなら、「ウルトラマン」で散々視聴者を怖がらせたダダを、ウルトラマンが大したピンチもなくフルボッコにしてくれた時の安堵感に似ています。←分からんわそんなの
 鬼太郎と猫娘のきれいな連携によって、くびれ鬼は消滅。しかし事件の後、まなちゃんには第二の刻印――「火」が。やはり順当に木火土金水を揃えるようです。
 五つ揃うはいつの日かって? そりゃ、あと3クールぐらい先じゃないかな、名無しのオッサン。

 というわけで、重々しいホラー回でした。
 過去二作のくびれ鬼のエピソードと比べて、「死」の恐怖が濃厚で、人がそれに打ち勝つ描写もなし……と、何とも救いようのないお話。ほんと、命は大事にしましょうね。自分の命も、他人の命も。


 さて次回は、画皮!
 ……うん、知ってたよ。某大解剖に、26話は画皮だって書いてあったから。
 過去のアニメ版では第三期と第五期で、中国妖怪軍団の一員として登場していた妖怪ですが、今回はまさかの単体になるのかな?
 まあ、厳密に言えば、原作にも登場するエピソードはあるのですが……その辺のことはまた次回にでも。
 ではまた!

テーマ : ゲゲゲの鬼太郎
ジャンル : アニメ・コミック

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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第24話『ねずみ男失踪!?石妖の罠』 感想

 今回の原作は「石妖」。
 80年代マガジン版、通称「新編ゲゲゲの鬼太郎」からの一本……なのですが、実はこのエピソード、何と今回が初アニメ化だというのは、先々週にも少し触れたとおりです。
 もともと「新編」は、アニメ第三期に合わせての連載ということもあって、当時はそこそこの本数が映像化されたわけですが、それでも「新編」全体から見れば半分以下。後に第四~五期で「妖怪猫ショウ」「月の妖怪桂男」「死霊軍団」辺りの初映像化があり(「死霊軍団」は僕の憶測ですが/参照)、さらに今期になって、ようやくこの映像化ラインナップに、新たに「石妖」が加わった――というわけですね。
 第三期以降のエピソード一覧を見れば、やはり第一~二期を支えた昭和マガジン版とサンデー版が優遇されていることは明らかですから、そういう意味でも「新編」を初めとするややマイナーなエピソードには、もっと日の目を見せてほしいものです。

 さて、そんな事情も踏まえた上で、満を持してアニメとなった「石妖」。
 やはり初映像化ということもあってか、原作からの改変度合いはそれほど高くなく、少なくともバトル部分だけで言えば、概ね原作を踏襲する形になりました。
 ただし、ねずみ男が漢気を見せる部分(&ねこ娘とのやり取り)については、完全にアニメオリジナルとなっております。まあ、やはりその方がドラマ性が増しますからね。
 ちなみに原作の方では、そもそもねずみ男は5千万の資産があると嘘をついて妖子ちゃんと結婚し(おい)、騙されたと知った後もアッサリ気味。最後は同じ騙され仲間の水木先生と意気投合して、「美しいものにはトゲがあるといいますからねえ」「あまり近づかないことですよ」と楽しげに酒を酌み交わすという……。いや、このドライさがねずみ男らしいと言えばらしいのですが(笑)、さすがにアニメ版では、きちんと盛り上げる方向にまとめたようです。

 余談ですが、ねずみ男が結婚するエピソードと言えば、真っ先に思い浮かぶのが、第四期の「怪談!妖怪陰摩羅鬼」です。シーズン内屈指の号泣回として名高い名作ですね。
 さらにもっと遡れば、第二期の「死人つき」が結婚エピソードの元祖として存在しています。
 ……うん、死体ばっかりや。今回は石だから、たぶんまだマシだったんですね、ええ。

 話を元に戻して、さらに原作との比較ですが……。
 今回個人的に「どうなることやら」と思っていたのが、原作にあるお色気シーン。具体的には、子泣きじじいに抱きつかれた際に服がずり落ちて、下着姿になってしまう石妖ちゃん。さらにラストでは、その下着姿のまま海坊主に捕まってペットにされてしまうという……いや、さすがにこれは、いくらガチホラー解禁の今期でもエロは難しいでしょうと思っていたら、案の定難しかったようです(笑)。
 結局石妖ちゃんは残念ながら服を着たままでした。まあ、入浴シーンは全裸でもOKのようでしたが、さすがにジジイに脱がされるのは難しかった模様。さらにねずみ男の漢気のおかげで、ペット扱いも免れます。
 もっとも、砂かけ婆の「捕らえ方がスケベくさい!」の台詞はしっかり原作を再現してくれていて、思わずニヤリとできるワンシーンに仕上がっていました。

 これまた余談ですが、「新編ゲゲゲの鬼太郎」は、当時の流行的なものもあってか、妙にお色気シーンが多いのが特徴です。
 ゲストヒロインはだいたい脱ぎます。第三期の「木の子と妖怪山天狗」は、ゲストの少女が全裸で出ずっぱりという、今となっては相当な神回でしたが、あれも「新編」の原作どおりでした。

 ……比較に戻ります。エロはもういいので、それ以外の部分をザっと拾っていくと――。
 まず、式場と旅行先の温泉が、原作では妖怪用の施設でしたが、アニメ版では人間のそれになっていました。
 さらに、ねずみ男以外の被害者役が、原作では水木先生ご本人でしたが、アニメ版ではこれまでに登場した男性ゲストキャラ達に置き換えられていました(全員がそうだったかはちょっと自信ないですが)。
 あとはもちろん、ねずみ男と石妖の顛末……と、だいたいこの辺が、目立った改変部分だったと思います。

 ちなみに今回のオリジナル要素の中で、僕が一番心に残ったのは、質屋の暖簾でした。
 ねずみ男と石妖の出会いのシーンで、背景として使われているこの暖簾。「え、なぜ質屋?」と奇妙に思っていたら、オチであのように繋がるとは……。これは上手い流れでした。

 今回は全体的な演出力の高さもあってか、存分に面白く見られるエピソードに仕上がっていました。
 肩肘張って……とは行かなくとも、こういうリラックスしながら楽しめる回を合間合間に入れていくのは、大事ですね。


 さて次回は、くびれ鬼の登場。
 妖怪図鑑からの出張組ですが、第四期以降、毎シーズン登場し続けていますね。
 しかも予告編を見る限り、今期は結構ホラーっぽい様子。期待して待ちたいと思います。
 ではまた!

テーマ : ゲゲゲの鬼太郎
ジャンル : アニメ・コミック

tag : ゲゲゲの鬼太郎 水木しげる 妖怪 アニメ

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