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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第70話『霊障 足跡の怪』 感想

 やったぜ! とりあえず黒くすれば欠損OKだ!

 今回の原作は「足跡の怪」。ここ最近映像化が多い、鬼太郎シリーズ以外の短編漫画からの一本です。
 何びとも足を踏み入れてはならないとされる「入らずの山」。そこに入って「タイタンボウの穴」に小便をした男二人が、小指、片耳、片目、鼻、首……と肉体のパーツを次々に消失させ、ついには完全に姿を消してしまうというお話。
 ごく短い短編ながら、人体欠損のグロテスクな衝撃、そして説明の一切ない「タイタンボウ」の恐怖が後を引く、とてもインパクトの強い作品です。

 これが初めてアニメ化されたのが、例によって第二期ですね。
 今回の第六期版で回想シーンとして展開した二人の男の話が、宇宙ウイルスや爆発物など、第二期版の要点を踏襲した内容になっていました。
 人間の目や鼻がまるで溶けるように消失していく様が、当時のお茶の間のチビッ子達に与えたトラウマは、どれほど大きかったか(笑)。
 そんな鬼太郎史上最強のトラウマエピソードとして名高い「足跡の怪」。それを現在の放送コードでやるとしたら、相当工夫しない限り難しいのでは、と思っていたのですが……。

 そうか、黒いエフェクトを被せて、くっきり見えないようにすればいいのか!

 ……って、本当にそれだけでいいんかい! 
 いやぁ、もろ欠損してましたね!
 素晴らしいです! やっぱコレきちんと見せなきゃ「足跡の怪」じゃないもんね!

 というわけで、人体欠損に関してはなぜかクリアできてしまいました。
 あとはシナリオですね。
 第二期を彷彿させる回想シーンを挟みつつ、タイタンボウの恐怖が世代を超えて、新たに降りかかる――。そんな新旧二編の人体欠損ホラーを二部構成で見せる、ユニークなストーリーになっていました。
 特に後半の新世代編ですね。とにかく凄惨としか形容しようのない祟りが、関わった四人の若者に次々と降りかかる。この容赦のなさこそ、まさに「足跡の怪」の醍醐味と言えるでしょう。

 一方で、今回焦点の当たる青年を、「タイタンボウの聖域を守る一族の若者」としたのは、ある種の(構成上・設定上の)合理性が窺えます。
 これについては、しっかりとしたストーリーになったなぁと思う反面、原作の「得体の知れない恐怖」がやや薄れた感もあり、個人的には良し悪しと言ったところ。
 その青年にラストに救いを与え、彼が一族の定めを受け入れることで結末とする――。割と容赦のないことをしがちな第六期にしては(笑)、丸く収めたなといった感じでした。
 このプチハッピーエンドなラストは、旧作との線引きだったのかな、という気もします。何となく。

 そんなわけで――。
 第六期版「足跡の怪」。楽しませていただきました。
 ただ個人的には、もっとえぐくてもよかったかな。ちょっと「幽霊電車」が最強すぎたせいで、後続のホラーエピソードが軒並みハードル高くなっちゃってます。
 ……少し肩の力を抜くべきか。


 さて次回は……「傘化け」ですね。
 すでに妖怪アパートで登場済みの傘化け改め唐傘。いったいどんな活躍をしてくれるんでしょうか。
 楽しみにしています。ではまた!

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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第69話『地獄の四将 鬼童伊吹丸』 感想

 今回は久々のアニメオリジナル。
 鬼童(鬼童丸)は、以前にも何度か触れたように、酒呑童子の息子であるとされる鬼です。
 もっともこれは口碑のみに残る特徴のようで、鬼童の話が載る唯一の文献『古今著聞集』には、そのようなことは書かれていません。話の内容は、いわゆる源頼光の鬼退治エピソードの一つで、それ以上でも以下でもないようです。
 水木先生が描いた鬼童は鳥山石燕の絵を参考にしたもので、牛の体を持ち上げていることでお馴染み。これは、鬼童が頼光を待ち伏せする際に、牛を殺してその腹の中に身を隠していたことに由来します。

 ……とまあ、鬼童の解説は概ねこんなところですね。ちなみに「伊吹丸」という名前はアニメオリジナルです。
 四将の一人として起用された理由は、やはり「酒呑童子の息子」という設定の美味しさでしょう。まあ、その設定があってなお、長らくマイナー妖怪の一体だった……というのも事実ですが。(^^;
 アニメに出たのも今回が初めてですしね。しかし、これを機に知名度は上がったんじゃないでしょうか。

 そんな鬼童ですが、これまでの鵺や黒坊主と異なり、純粋な悪としては描かれませんでした。
 かつて人間の娘を愛し、彼女とともに里を築き上げるも、それを良しとしない人間達の襲撃に遭い、里は焼かれ彼女は殺され――。
 この鬼童の過去から思い起こされるのは、もちろん一年目の名無し編、その最終章。まなが鬼童によって憑坐(よりまし)に選ばれるなど、名無し編の設定が生きてきます。
 また公式でも触れられていましたが、鬼童は鬼太郎と石動、二人の要素を併せ持った存在なのですね。
 鬼太郎のように人間と距離を縮めた過去がある一方で、石動のように復讐に取り憑かれ人間を(石動の場合は妖怪を、ですが)無差別に襲った過去を持つ――。
 今回、鬼太郎と石動が一時休戦し、鬼童の想いを果たすことになったのは、鬼童が二人を同時に象徴する存在だったから……ではないでしょうか(もちろん、石動では鬼童に刃が立たなかったから、という表向きの理由もありましたが)。

 さらに言えば、鬼太郎と石動もまた、どこかで共通するものを持っているのかもしれません。
 鬼太郎は名無し編の終盤で、ねこ娘の死に怒り、まなへの憎悪を募らせてしまいました。これは復讐鬼と化した石動に通じます。
 だとしたら石動もまた、鬼太郎のように、人間と妖怪の間にある橋を渡ることが可能な存在だ――と見なすこともできます。
 実際そのような過去があったのか、あるいはこれから先の未来にそうなるのかは分かりませんが、第六期のテーマが「異なる者同士の相互理解」であることを踏まえると、いずれ石動にも、そのような一面が用意されるのではないでしょうか。

 ……とまあ、ざっくりとした感想でした。
 それにしても閻魔大王。鬼童と鬼太郎の戦いを、ちゃんと見ていたみたいですね。「だったら最初から来いや」って気がしなくもないです(笑)。
 いったい誰の尻拭いをしてると思ってるんだ。

 あとぬりかべ。柔らかい(笑)。
 旧作では巨大化とかはありましたが、自分の意志でこんなにグニャグニャになったのは初めてなのでは。

 そして――最後の四将は玉藻前。やはり鬼道衆の郷を焼いたのは彼女のようですね。
 九尾の狐ということで、きっと「妖怪反物」もしくは「太古の秘密」が絡んだ話になるものと予想できますが、どのみちもう少し先になりそうな予感。
 あるいは玉藻前との戦いをアニメオリジナルにした上で、後のエピソードでチーが復讐に来る――という展開でも面白そうです。
 いや、妄想が捗りますね。楽しみ楽しみ。


 さて次回は――。
 来たっ! 「足跡の怪」!
 実は人伝に、「『足跡の怪』を製作中」という話はチラリと伺っていたのですが……ついにオンエアですね!
 水木作品屈指の、そして第二期屈指のグロテスク・エピソードです。果たして放送コードの壁をどう超えるのか(笑)。
 期待しながら待っています! ではまた!

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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第68話『極刑!地獄流し』 感想

 まさかの感動系だった! 意外!

 今回の原作は「地獄流し」。昭和マガジン版初期のエピソードですね。
 もともとのストーリーは、逃亡の末に鬼太郎の家に忍び込んだ悪党二人が、生きたまま地獄に流されてしまうというもの。まだ怪奇色が強かった頃ゆえの内容です。
 ちなみに、二人の男が地獄に流される方法は、それぞれ別。一人目は地獄への切符を手に入れてバスに乗ったところ、それが片道切符だったために帰れなくなる。二人目は鬼太郎を連れてドライブに出た結果、地獄に迷い込んでしまう――というものでした。
 これらの要素は、どちらも貸本版「墓場鬼太郎」で、すでに見受けられます。つまり、貸本版で複数あった地獄送りのネタを一つにまとめて、短編として再構成したのが、この「地獄流し」ということになりそうです。

 なお余談ですが、「鬼太郎を車に乗せて地獄に迷い込む」というネタは、後に意外な原作エピソードで再登場しています。
 週刊実話で連載された「野球狂の巻」がそれです。この話は基本的にドタバタ劇なのですが、最後の最後でまさかの地獄流しが炸裂するというオチ。しかも鬼太郎、この時酔っ払ってたし。
 個人的にも結構お気に入りのエピソードだったりします。たぶんアニメ化はされないでしょうが(笑)。

 ……さて、話をアニメ版の方に戻しましょう。
 冒頭でも触れたように、今回の第六期版「地獄流し」は、だいぶ意外な内容になりました。
 原作は、「悪人が鬼太郎の力で酷い目に遭う」という、言わば因果応報のエピソード。そのため従来のアニメ版も、概ねこの流れを汲んでいました。
 例外は第三期の「妖怪百目・地獄流し」で、こちらは地獄流しをおこなう妖怪百目を鬼太郎が倒すという、純粋なバトルストーリー。もっとも第三期には「謎の妖怪狩りツアー」という、「地獄流し」の要素を含んだエピソードも別にありましたが……。
 (余談ですが、この「謎の妖怪狩りツアー」、僕の手持ちの資料だけでは原作が特定できないんですよね。タイトルから察するに、ボンボン版の単行本未収録エピソードが使われたのでしょうか。その場合「地獄流し」の要素も原作から存在していた、ということに?)
 もっともこの例外を除けば、基本的に因果応報なんですね。第四期のように、二人の悪党を「救われる者」と「救われない者」に分けたケースもありましたが。(この第四期版「地獄流し」は秀逸でした。お勧め!)
 なので「ゆうれい電車」と同じく、きっと今回はホラーになるんだろうなぁ、と思っていたのですが――。

 いやぁ、完全に意表を突かれました。
 もちろん「ホラーじゃなかった」なんてことはなく、カケル青年が餓鬼に変貌して自分の体を貪り食らい、吐いては食い、吐いては食い――なんていう、朝アニメなのにかなり振り切ったホラー描写はあったわけですが(笑)。
 それでも、終盤の展開ですね。カケルが懸命にもう一人の男を助け、一枚しかない現世への切符を彼に譲ろうとしたところで、すべての真相が明かされる――。
 いや、ベタでしたよ。ベタでしたけどね。
 これがもう、心地いいほどに、じんわりと来ました。

 確かに最初から奇妙ではあったんですよね。
 カケルは強盗を働いたけど、死傷者を出したわけではなく、鬼太郎に喧嘩を売ったわけでもない。それが突然地獄流しに遭うというのは、旧作のセオリーから考えても違和感があったわけで。
 つまり鬼太郎は、最初から何らかの意図をもって地獄流しを仕掛けたのだ――という推測が成り立ちます。
 それが「改心を促すため」というのも、まあ、予想しようと思えばできます。一緒にいる男が何か特別な人間なのでは……というのも、同じく予想が可能です。
 ただ、そんな一連の深読みを遮ってしまうのが――上述の餓鬼化の描写ですね(笑)。

 カケルが辿り着いた餓鬼の村(原作「鬼太郎地獄編」シリーズに登場したもの)。そこで餓鬼から肉を奪い食らったカケルは、生きながら餓鬼と化します。
 餓鬼は常に飢え、満たされることがありません。食べては吐き、食べては吐きを繰り返す……。その様は、まさに食吐(じきと/餓鬼の一種)。しかも吐き出すのは、自分が人間だった時の頭。その頭が、今度は巨大な土蜘蛛と化し、カケルを襲う――。
 この現実とも悪夢ともつかない光景を前にして、あれやこれやと展開を推測するのも野暮ってものでしょう。というより、この後何がどうなるのか、予想できるはずもなく(笑)。
 あとはもう成るがままの展開に任せていました。
 ……ちなみに餓鬼化は顔を洗ったら治ったようです。何でやねん(笑)。

 そう言えば、ずいぶんと唐突に土蜘蛛が出てきましたが、これは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を意識しての起用だったようですね。
 カケルが糸を登り始めたところで、まさかカンダタコースか……とドキドキしながら見守っていましたが、カケルはちゃんと強い心を持っていました。
 ちなみに土蜘蛛がアニメ版に登場するのは、第三期劇場版と第四期に続いて、今回が三度目となります。

 ともあれカケルは、そんな土蜘蛛に負けることもなく、同行者の男と二人で地獄の出口(?)へ向かうのですが――。
 ここから先に待ち受けていた結末についての感想は、すでに書いたとおりです。
 もっとも、途中にあった餓鬼化や土蜘蛛の襲撃などを踏まえるに、おそらくカケルの改心は、100パーセント保証されたものではなかったのではないでしょうか。
 カケルが登っていた「蜘蛛の糸」が何とも象徴的ですが、もしカケルが何らかの形で男を見捨てれば、鬼太郎はカケルを容赦なく地獄に置き去りにしたに違いない――。そんな気がします。

 ……もっとも、鬼太郎が個人の生死を自由に操作できるとなると、そもそも「地獄の四将編」の設定に矛盾が生じてしまいます。
 もしかしたら今回の「地獄」は、すべて鬼太郎がカケルに見せていた幻だった――。そんな考察も成り立つかもしれませんね。

 ともあれ、第六期版「地獄流し」。
 予想していたものとはだいぶ違う印象になりましたが、とても面白く堪能いたしました。


 さて次回は……鬼童!
 まさかの、このタイミングで来ましたか。
 つまり真打は玉藻前で、それが鬼道衆の郷を焼い(ry
 何にせよ、楽しみにしています。ではまた!

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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第67話『SNS中毒VS縄文人』 感想

 今回の原作は「カモイ伝」。先週に引き続き、鬼太郎シリーズ以外の作品からの映像化です。

 ――山の中で未開の生活を送っていた「縄文人」を発見したサラリーマン(いつものメガネ出っ歯のあの人)。彼は、文明がいかに人間を幸福にしているかを教えるため、縄文人を東京に連れ出す。しかし実際そこにあるのは――「ほしがらせるだけで我慢する」を強いるテレビCM。通勤ラッシュ。解雇。税金。法律。恐妻……等々、恐ろしいものばかり。
 縄文人が叫ぶ「カモイ!(恐い)」の意味を知ったサラリーマンは、自身もまた「カモイ!」と叫んで縄文人とともに山へ戻り、二人でまったりと原始生活を送るのだった……。

 ……と、原作はそんな感じのお話です。
 この「カモイ伝」ですが、単体で映像化されたのは、何と今回が初!
 ちなみに「単体で」というのは、実は第三期に、他の水木短編とミックスする形で映像化されているからなんですね。第78話「マンモスフラワーと山男」がそれです。
 ねずみ男によって東京に連れてこられた妖怪・山男が、街にマンモスフラワーの種を蒔き、大都会を原始の森へと変えてしまう――。かつて第二期でも映像化された水木短編、「原始さん」と「マンモスフラワー」の合わせ技ですが、この山男がたびたび「カモイ!」と叫んでいたことから、「カモイ伝」の要素も混ざっていたことが分かります。
 しかしながら、「カモイ伝」のみに焦点を当てて映像化したのは、やはりこの第六期が初めて。なので「カモイ伝」的には、記念すべき回となったわけですね。

 それにしても……前回の次回予告の時点で吹いたんですが、「SNS中毒VS縄文人」って、すげータイトルですね(笑)。
 いや、確かにSNS中毒だったし、縄文人なんだけど。それを「VS」で繋ぐセンス。僕は大好きです。

 で、ストーリーはと言えば――。
 インスタっぽい何かのランキングトップに君臨していたクリスティーンさん(偽名)が、ねずみ男の連れてきた縄文人にその地位を奪われて転落。クリスティーンさん(偽名)は再び注目を浴びるため、次第に行動を暴走させていき、ついには縄文人に殺意を向けるのだった――。
 ……と、ギャグキャラの仮面を被ったサイコなゲストヒロインが主軸のお話になっていました。

 SNSと増長する自己愛を描いたエピソードとしては「ぬけ首」の回なんかもありましたが、あちらのチャラトミさんと比べると、クリスティーンさん(偽名)には一切救いがありませんでしたね。
 彼女が逮捕と同時に過去最大級の「いいね」をもらって歓喜する――というオチは皮肉が効いていて好きです。でも、大演説はちょっと唐突だったし、蛇足感があったかな。
 個人的には原作同様、彼女が「いいね」を集めることに疲れて、山で原始生活を送るオチにしてほしかったんですが(笑)。
 とは言え、縄文人がこちら(文明社会に生きる視聴者)を指差して「カモイ!」と叫ぶラストは、これはこれでアリだったな、と思います。ちょっと尻切れトンボ感もありましたが……。
 あと、「カモイ!」と叫んでいる割には、あんた結構ノリノリで写真撮ってたよねって気もしなくもないですが(笑)。

 そしてノリノリと言えば、このインスタもどきのランキング上位の錚々たる面々はいったい……。
 とりあえずコケカ様強ぇ。あれかな。「生理用ナプキンになってみた」とかいう題でエロ写真の投稿でもしてたんかな。

 ※クリスティーン以外の名前は全員水木作品の登場キャラクターです。

 で、この錚々たる顔ぶれがパーティーに来るのか! ……と思ってワクワクしながら見てたら、当日来た人達は全員普通の人間ばかりだったという。
 どうやらコケカ様含めて、全員がランク外に追い出された模様。栄枯盛衰ですね。

 ……あと原作ネタで言うと、縄文人の猥褻物陳列罪未遂。
 さすがに朝アニメでオッサンのフルヌードは不味かったようですが、きちんとイメージの中で原作のコマを再現してくれていました。

 というわけで、「カモイ伝」の貴重な単体映像化となった今回のエピソード。
 今後も二期のリメイクだけでなく、こういう初物もどんどんやっていただけると嬉しいですね。「糞神島」とか。←無理


 さて次回は――おお、ついに来ましたか、「地獄流し」!
 「幽霊電車」と並ぶ「怖い鬼太郎」が見られそうなエピソード。これは期待しています。
 ではまた!

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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第66話『死神と境港の隠れ里』 感想

 今回の原作は「蒸発」。鬼太郎作品ではなく、ビッグコミックで連載された「サラリーマン死神」シリーズからの一本です。
 この「サラリーマン死神」シリーズは、魂回収のノルマに追われる地獄のサラリーマン・死神の悲哀を描いた作品で、アニメ版鬼太郎の第二期でもたびたび映像化されました。それもあって第二期での死神は、準レギュラーキャラクターにまで昇格。第二期を語る上で欠かせない存在になっています。

 ちなみに原作版鬼太郎の方で死神といえば、やはり真っ先に挙がるのが、サンデー版の「死神」ですね。こちらは今のところ2~4期で映像化されています。
 第二期の死神は、まず「死神」で原作どおり敵として登場した後、「サラリーマン死神」の映像化に伴って、憎めない悪役として定着していった――という流れになります。
 なお第五期では、死神は最初から妖怪横丁の仲間として登場。映像化されたエピソードは、「サラリーマン死神」シリーズから「涙のノルマ」が選ばれていました(厳密に言えば、「涙のノルマ」の第二期版である「死神のノルマ」が直接のベース)。

 余談ですが、これらの一連の死神というキャラクターの大元になっているのが、「河童の三平」シリーズに登場した死神です。
 その骸骨じみた外見や、ノルマに追われるサラリーマンという設定など、すべてこの「河童の三平」で確立されています。
 主人公である三平の魂を狙う悪役ながら、どこか間が抜けており、憎めないキャラクターでした。

 ……と、死神の基礎部分を説明したところで、続いて「蒸発」の話に移りましょう。
 「サラリーマン死神」シリーズの一エピソードである「蒸発」は、やはり第二期で、「隠れ里の死神」とタイトルを改めて映像化されています。
 今回の第六期版は、この「隠れ里の死神」を直接のベースにしています。上でも述べた第五期版「涙のノルマ」と同じ流れですね。また第六期版「霊形手術」も、やはり原作ではなく、第二期のそれがベースになっていました。
 このように原作そのままではなく、常に第二期のリメイクが意識されているのは、やはり制作陣によるオマージュ的な意味合いが強いのでしょう。しかしもう一つ付け加えるならば、水木短編と鬼太郎世界の融合を試みた第二期のシナリオ群は、時代を跨いでなお、アニメ版のベーシックにするに相応しいものであった……と言えるのかもしれません。
 ついでに言ってしまうと、「原作そのままのシナリオだと、子供の見るアニメでは使えない」というケースが多々あるわけです。

 ちなみに原作の「蒸発」は、隠れ里に囚われているのはほぼ女ばかり。隠れ里の主である妖怪「かくれ座頭」は、そんな女達のために、月一で男を隠れ里に送り込んでいるという設定でした。
 隠れ里に送られた男は、そこで女達の性欲の餌食になります。主人公である死神も例外ではなく、女の集団に襲われて、あっという間にやつれ果てていました。
 ……ね、朝のアニメじゃ使えないでしょ?(笑)
 まあ、元が大人向けの作品ですしね。

 で、この原作版「蒸発」を改変した第二期の「隠れ里の死神」では、「隠れ里に囚われているのは子供ばかり」という具合いに、設定が改まります。
 死神は、始めは隠れ座頭に協力して子供をさらおうとしましたが、事態を知った鬼太郎に命じられて、鬼太郎を「さらってきた子供」と偽って隠れ座頭のもとへ引き渡し、そのまま成り行きで鬼太郎ともども隠れ里に入り込む――という形になっていました。
 このエピソードでは、敵役は隠れ座頭であり、死神はその隠れ座頭に利用されるという損な役回りでした。まあ、ある意味ねずみ男にも務まりそうな役回りなので、その点では敢えて死神を出す必然性は薄かったのかもしれませんが……。しかし死神自体は原作の要素を回収した結果ですから、気にすることでもないかな、と思います。

 ……もっとも、第二期バージョンを見た視聴者の心に強く焼きついているのは、冒頭ねずみ男の目の前でドロドロに溶けた子供の方ではないでしょうか。もちろんトラウマ的な意味で(笑)。
 隠れ里から逃げ出した者は白骨と化す――。この恐るべきルールをショッキング描写として冒頭に持ってきたのは、原作にはない第二期のオリジナル。しかし「なぜ」そのようなことが起きてしまうのかは、終盤まで明かされません。
 鬼太郎は、隠れ座頭を倒しさえすれば白骨化は免れるものと信じて、隠れ座頭と死闘を繰り広げます。もっとも、これは隠れ座頭が仕掛けた(鬼太郎と視聴者に対しての)ミスリーディングであり、白骨化の真の原因は別にありました。鬼太郎はそれに気づかぬまま、隠れ座頭を倒して子供達を元の世界に連れ出し――そして悲劇の結末を迎えることになります。
 「助けなければよかった」と自分を責める鬼太郎。この鬼太郎のポジションこそ、今回の第六期でまなが担った役目、そのものでした。

 第六期では、さすがに子供が溶けることはありませんでしたが(笑)、白骨化のシーンは(トラウマにならない程度に)きちんと描写されていました。
 原作や旧作を知っている視聴者にとっては、まさに「来るぞ来るぞ……!」という瞬間。まなの手を取ろうとして骨と化し崩れる一之進の描写は、恐怖よりも切なさの方が強く残る演出になっていたと思います。
 一方鬼太郎自身は、こうなることをすでに予測していたようでした。その上で、このことをまなには告げず、一之進達の意志にすべて委ねたのは、いかにも今期の鬼太郎らしい中立な選択と言えます。もちろん、一之進達を「無限の生」から解放する――という意味合いもあったのでしょう。
 まなにとっては辛い結末となってしまいましたが、生と死の法則が人間にとって大切なものであることもまた事実。四人の魂が天に昇っていく姿こそ、それを象徴していたと言えそうです。

 ……さて、結末の感想から先に書いてしまったので、ちょっと遡って、それ以外の要素などにも触れておきましょう。

 まず死神ですね。今回は第二期とは正反対で、完全な悪役としての登場になりました。
 隠れ里に囚われた人間の魂を狙うという役回りでしたが――原作の結末も踏まえると、おそらく彼は、一之進達を元の世界に連れ戻すことで、その魂をいただこうと考えていたのではないでしょうか。
 ……と邪推したものの、このやり方だと、まなの魂までは奪えませんね。やはり直接手を下そうとしていたのでしょうか。いわゆる「死神の掟」とかは大丈夫なんでしょうか、これ。
 そもそも第六期の死神はサラリーマンなんでしょうか。その辺の言及は特になかったので、ちょっと気になりますね。
 ちなみに指鉄砲で撃たれた後、お決まりの魂の描写がなかったのは……もしかしたら、今後の再登場の可能性を見越してのことかもしれません。

 そして人面樹。
 隠れ座頭の代わりに登場したオリジナル妖怪です。
 一応妖怪図鑑にも「人面樹」という妖怪は載っていますが、あちらは樹に咲く花が人の顔をしているというものなので、アニメ版の人面樹とはコンセプトが違いますね。したがって、アニメ版のは完全にオリジナルキャラクターと言えそうです。
 悪い妖怪……というよりも、迷惑な妖怪でしたね。本人に悪意がないだけに。

 あと、今回登場した子供達ですが、第二期バージョンにもそっくりな子が出ていました。
 特にハナタレの子。まんまです。こんなところにもオマージュが(笑)。

 最後に境港要素ですが、先週と違って、ほぼ抑えられていましたね。
 いや、先週がやりすぎだっただけなんでしょうが(笑)。
 まあ、これぐらいが程よい気もします。

 というわけで、「霊形手術」に続く二度目の水木短編原作エピソード。
 全体的には比較的ベーシックな作風でしたが、やはり結末こそが肝であり、ここにすべてが集約されていたと言っても過言ではありません。新しい世代の視聴者の心に、今回の話はどのように響いたでしょうか。


 さて次回は――って、次回も水木短編エピソードですか!
 しかも「カモイ伝」だ! 単品だと初映像化じゃないですか!
 って、サブタイトルすげーな。「SNS中毒VS縄文人」て(笑)。
 なんかめっちゃ楽しみです。ではまた!

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