解題「マキゾエホリック」 第四回

「彼女にしろ勇者達にしろ、みんな自分達の人生を歩んでいるに過ぎない。でも、君は君だ。君としての人生を歩んでいるんだ。どんなに君が羨んだところで、君は勇者にはなれないし、なってはいけない。人生は、交わることはあっても、重なることはできないんだから」

 実のところ、この台詞に集約された概念を、私は否定的であると言い切ることはできなかった。
 仮に人生を一つの物語に喩えるならば――そしてこのプロットでは、まさしくイコールで結んでいるわけだが――その人生を歩む者こそが、主人公でなければならない。たとえ彼が、傍から見て、いかに取るに足らない詰まらない存在であろうとも、だ。そして逆に言えば、人生において、主人公以外の人間は脇役に過ぎない。


 一つ喩え話をしよう。あなたが電車に乗ったとする。その車両には他にも大勢の人間が乗っている。サラリーマン、学生、老人、子供、主婦。そんな中にあなたは友人を見かけ、合流する。他にも同じ学校(あるいは会社)に通う者は同乗しているが、取り立てて交友関係もないため、特に話しかけようとはしない。
 ところで珍しいことに、テレビでたまに見かける芸能人が、同じ車両に乗り合わせているようだ。それから、あなたは気づいてないが、ある犯罪組織のメンバーと疑われている男が、偶然にも同じ車内に潜んでいる。もちろん、それを尾行中の刑事とともに。
 やがて電車が目的の駅に着いた。あなたは友人と連れ立って降り、改札口へと向かう。電車は駅を去り、何事もない日常が続く。

 この車両の中において、主人公はあなただ。なぜならば、すべてがあなたの視点から描かれているからだ。
 友人は脇役だろう。いや、もしかしたらそれ以上にあなたのパートナーと言える存在かもしれないが、少なくともあなたの「人生」という物語の中で、主要キャラクターの位置にあることには違いない。
 では、他の人物はどうか。サラリーマン、学生、老人、子供、主婦の面々は、極めてどうでもいいエキストラである。同じ学校(あるいは会社)の人々も、日常的に顔を合わせるとは言え、交友関係はない。ただのエキストラだ。では、芸能人は? もしあなたがその芸能人に多大な関心を持つなら、その人物は脇役になる。だが、もし興味が湧かないのであれば、所詮一乗客に過ぎない。そう、エキストラである。最後に犯罪者と刑事だが、この二人もエキストラだ。なぜなら、あなたは彼らの正体を知らず、ただの乗客としてしか見てないからだ。そしてこの二人が、あなたを電車の中で事件に巻き込むこともないからだ。

 なるほど、電車内は他人の固まりである。だが、これが仮に一つの教室だとしたらどうだろう。あなたはそこの生徒で、毎日のように担任や同級生と顔を合わせる。彼らは少なくとも、あなたの人生の一部ではあるはずだ。
 その中に、エキストラはいるだろうか。
 この問いに対して「いない」と答えるなら、あなたはとても充実した日々を送っているのだろう。すべての相手と交友を結び、彼らの生き方をよく知り、大いに関わりを持っているに違いない。
 だが、私はあいにくそうではない。どんなに同じ教室で学ぶ相手だろうが、気が合わなければ友達にはなれない。興味がなければ、彼らの生き方を知ることはない。ヤバそうなやつには関わらない。当たり前だ。私は、決して出来た人間ではないのだから。
 ただ確実に言えることは、私が関わろうが関わるまいが関係なく、今までに出会ったどんな者にも、それぞれの「物語」があったということだ。そして私が見向こうとしなかった「物語」の主人公は、私にとってはただのエキストラでしかない。逆に彼らが私の「物語」に関心を持たないのであれば、私も彼らにとってはただのエキストラだ。
 それでいい、と思う。人生は、交わることはあっても、重なることはない。自分の生き方は、自分にしか決められない。生き方の異なる人間に、無理に擦り寄る必要などない。

 「マキゾエ」のプロトタイプである物語は、主人公が現実を受け入れることにより収束する。彼は己の不幸を叫びはせず、ほろ苦い一時の想いを胸に抱きながらも、笑顔で少女を送り出す。
 諦めたことを肯定する。この一見後ろ向きな考え方を、私は決してネガティブだとは思わない。だからこそ、この物語はあくまでハッピーエンドなのだ。


 さて、こうして六年前に出来上がったプロットを、当時の私はさっそく小説に起こそうと考えた。今にして思えば、どう考えても長編にはならないわけだから、少なくともスニーカー関連の賞には送れなかったはずだ。しかしそこは己の経験不足も手伝い、「何とかすれば長編にはなるだろう」という非常に根拠なき自信に突き動かされ、私は細部を練り始めた。
 とりあえず、主人公とその友人は、すでにキャラが固まっている。むしろ問題は「ヒロイン」と「勇者」の設定だ。異世界ファンタジーというのは、当時すでに手垢の付いた題材だった(いや、私は好きなのだが、あいにくそれを用いたパロディーは、新人賞の応募原稿向きではないと思った)から、これだけは充分に煮詰めるべきだと考えた。
 そもそも適切な人数はどれぐらいだろう。「ヒロイン」と「勇者」で二人。あとはその仲間達だが、RPGの法則に従って、残り枠も二人が妥当か。してみると合計四人。これを適当に動かして、長編になるだけの枚数を稼げれば……。

 そんなことを考えていた時だ。ふと馬鹿げたアイデアが、何の前触れもなく噴き出してきた。
 もし、だ。
 もし人々の人生が、交わりこそすれ、重ならないのなら。他者は他者と割り切り、互いの存在を隔離し合えるのなら。「自分は主役。他はエキストラ」という概念を貫き通せるのなら。
 教室が、所詮他人の固まりでしかないのなら。

 勇者御一行様が一つのクラスに何組あったところで――いや、もっと言えば、全員がそんなやつらだったところで、まったく問題ないのではなかろうか。

テーマ : ライトノベル
ジャンル : 小説・文学

tag : マキゾエホリック

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