提灯お化けのこと

 以前『なますに』に出させていただいた時に、「最近提灯お化けに注目している」みたいなことを言った記憶がある。
 べつに真面目に研究や考察をしているわけではないので、あれこれ論じるほどの知識はないのだけど、特にブログに書くネタがないので、提灯お化けのことを書いてみたい。

 提灯お化け――というのは、まあ、文字どおり提灯のお化けだ。もっとも、べつに決まった呼び名などない。妖怪事典の類に載る時は便宜上呼び名が与えられるが、もとの資料を見れば、「化け提灯」だったり「提灯小僧」だったり、あるいはもっとストレートに、ただの「提灯」だったりする。
 事典の解説では「古くなった提灯が化けたもの」となっていることが多い。言わば提灯の付喪神だ。ただ、この解説が正しいかというと、必ずしもそういうわけではない。

 我々が「提灯お化け」と聞いて真っ先に思い浮かべるビジュアルといえば、提灯がそのまんま人の頭になったような「アレ」だろう。しかし実際のところ、このようなものが現れたという言い伝えは、なかなか見かけられない。本所七不思議の「送り提灯」を始め、提灯に関係した怪異は確かにあるが、これはいわゆる怪火の類であったり、提灯を手にした怪しいモノであったり、提灯の火が勝手に消えるという怪奇現象であったりするわけで、実際に顔のついた提灯が口をパカパカさせながら人を脅かしたわけではないのだ。
 では、我々が知る「提灯お化け」のイメージは、いったいどこから湧いて出たのか。これはルーツを辿っていくと(実際に辿ったわけではないので憶測だが)、おそらく江戸時代の歌舞伎絵に行きつくのではないか。もっとストレートに言えば、『東海道四谷怪談』である。

 歌舞伎の舞台で上演される『東海道四谷怪談』には、「提灯抜け」と呼ばれる演出がある。舞台上に下がった提灯が燃え上がり、そこからお岩さん(に扮した役者)がぬぅ~っと現れるというものだ。もちろんこれは仕掛けを用いておこなわれるマジックのようなものだが、このインパクト満載のシーンは、江戸時代に流行った歌舞伎絵(あるいはこのワンシーンをイメージした幽霊画)の格好の題材となった。
 特に「提灯の中から現れるお岩さん」のビジュアルについては、絵師の独創力が炸裂したと言ってもいい。そのままストレートに、燃え上がる提灯の中からお岩さんが顔を覗かせているものもあれば、覗かせるだけでは飽き足らず胴体ごとズルズル飛び出しているもの、あるいは提灯を頭部に据えた幽霊のような姿のものもある。その中において存在したパターンの一つに、葛飾北斎の絵に代表されるような、「提灯がそのままお岩さんの頭になった(だけ)のもの」があった。
 このいわゆる「提灯お岩」は、江戸時代に描かれた提灯お化けの絵の中でも、かなりのウェイトを占めていたようだ。

 では、お岩さん以外の提灯お化けは何なのか……というと、こちらは黄表紙や戯画の類に登場する、雑多な妖怪の一体というポジションであったところが大きい。
 まあ、「雑多な妖怪」と呼ぶのも乱暴なくくりだが、実際そこには、身近な動物や植物、器物(もちろん提灯も含む)をモチーフにした妖怪達が群れていた。彼らは名前すら与えられないことも多かったが、たとえ与えられたとしても、「ちょうちん」だの「からかさ」だの、何の工夫もないネーミングを施されてしまうことが大半だった。いや、むしろその安直さこそが、彼らの持ち味だったとも言える。
 これは言ってしまえば、当時身近だったものを擬人化したに過ぎない。「非お岩さんタイプの提灯お化け」も、その一つだった。
 また面白いことに、この擬人化型の提灯お化けは、提灯お岩型とはビジュアルが異なる場合が多かった。提灯がそのまま顔になっている――という部分こそ共通しているが、さらにそこから手足が生えていたり、それどころか着物を着た胴体まできちんとあったり、しかも顔がオッサンだったり、褌まで締めていたり……。
 提灯お岩が女の幽霊であるなら、こちらの擬人化型提灯は、生身の男のイメージが強かったようだ。
 ともあれ、片やメジャー級の幽霊として、片や身近な道具の擬人化として……、絵画の中においては、提灯お化けにはかなりの需要があったものと思われる。

 ところで私には、気になることが一つある。
 「なぜこの提灯お化けが、メジャー級妖怪の一体として、現代まで生き残ってきたのか」だ。
 鬼や天狗のように古い歴史があるわけでもなく、河童のように日本全国に分布しているわけでもない。歌舞伎と絵画の中で生まれ、江戸時代の庶民に親しまれたとは言え、今なお「誰もが知る妖怪」のポジションに収まっている理由は何なのか。
 ……一つ思い当たることがある。あくまで憶測だが。
 その理由とは、「お化け屋敷」ではないだろうか。

 お化け屋敷といっても、怪奇現象が起こる館とか、そういうのではない。今でも遊園地の中に必ずと言っていいほどあるアレだ。作り物のアトラクションだ。日本では、もともと見せ物小屋の一形態として存在したようである。
 この「お化け屋敷」において、提灯お化けは、恰好の小道具として扱われていた節がある。理由は……これまた憶測になるが、一番は、そのお手軽かつローコストなところではないだろうか。何しろ破れた提灯を飾っておくだけで、「お化けっぽさ」溢れる空間が作れるのだから。
 もちろん何をもって「お化けっぽい」とするのかは一考しなければならないだろうが、そこはさほど難しくない。前述のお岩さんですり込まれた「幽霊」や「人の顔」のイメージ、あるいは照明器具という点から「夜」のイメージと容易に結びつくものだ。
 ここから「お化けっぽい小道具としての提灯」が注目され、それがいつしか、お化け屋敷作成の上で伝統化していったのではないか。そして――この伝統こそが、提灯お化けを、今でもメジャー級の妖怪に押し出しているのではないだろうか。

 ……いや、厳密に言えば、これは現代の話ではない。おそらく提灯が電気に取って代わられ、身近な道具ではなくなった頃の話だ。
 時代が変わり、提灯は、神社や屋形船、祭など、「古くからあるもの」「古くからある場所」「あるいはそれをイメージした演出」の場でしか存在を許されなくなっていった。
 さらにこのことは、お化け屋敷にも言える。娯楽が世に溢れるにつれて、お化け屋敷は必ずしも万人の娯楽ではなくなっていった。
 それでも――この時点でお化け屋敷は、提灯に「昔の照明器具」とは別のイメージを与えることに成功していたのだ。
 だから、提灯やお化け屋敷がどんなに身近から去りゆこうとも、もはやこのイメージは揺るがない。

 提灯は、お化けである。
 鬼。河童。天狗。狐。狸。化け猫。そして、提灯。

 お岩さんとの関係も、戯画との繋がりも忘れ去られた提灯は、ただ純粋な「お化け」として、今でも我々の心に生き続けている。
 ……のかもしれない。

tag : 妖怪

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