ウルトラマンから学んだこと

 今日の朝日新聞夕刊の一面に、ウルトラマンの記事が載っていた。
 上原氏と金城氏の仕事や経験、思想を取り上げ、問題提起をするという、まあ言ってしまえば「いかにも朝日」な内容である。
 僕自身、両氏の手がけた初期ウルトラシリーズは好きで、特に記事内でも採り上げられている『帰ってきたウルトラマン』第33話「怪獣使いと少年」なんかは大傑作だと思うし、そこに込められたメッセージにも大いに納得できる。
 ただ、それを第三者(しかも大手マスコミ)がピックアップして、「ウルトラシリーズにはこういうメッセージ性が含まれているのだ」と言われると、「いやそれだけじゃないだろ」と、つい言い返したくなってしまう。


 実は『帰ってきたウルトラマン』には、「怪獣使いと少年」より2話前に、「怪獣使い~」とは真逆の方向に走ったエピソードが存在している。第31話「悪魔と天使の間に・・・・」だ。
 ウルトラマン抹殺を企む邪悪な宇宙人が地球人の姿に化け、主人公(帰ってきたウルトラマン=郷秀樹)にだけ正体を明かし挑発してくる。主人公はそのことを周囲に訴えるが、誰も信じようとしない。なぜなら宇宙人が化けたのは、発話障害を負った幼い子供だったからだ。正義の味方であるはずの主人公の訴えは、真実であるにもかかわらずまったく聞き入れてもらえず、逆に周りから悪者扱いされてしまう……。最終的には、苦悩の末に主人公を信じようと決意した防衛隊隊長が、子供に化けた宇宙人を射殺し、事件は解決した――。
 以上が「悪魔と天使の間に・・・・」の概要だ。周りから信じてもらえず孤立していく主人公の焦りと恐怖がはっきりと伝わってくる、とても良質なサスペンスドラマとして仕上がっている。だから、このエピソードにあまり社会派的なフィルターを持ち込みたくはない……というのが正直なところだ。
 しかし、ひとたびそのような目で見てしまうと、意外にも「悪魔と天使の~」が「怪獣使い~」とは対極のものを描いていることに気づかされる。

 「怪獣使い~」では、異質なものを邪悪であると思い込むことの愚かさが説かれた。「悪魔と天使の~」はまったく逆だ。弱者を善良であると思い込むことの愚かさを、真っ向から否定している。まるで性善説と性悪説の対立のようである。
 ただ僕は、この2エピソードのどちらを支持すべきか……というような安直なことを言いたいわけではない。
 そもそも両者はともに、「偏見」というキーワードのもとに成り立った話である。方向性は違えど、まったく同じ種類の過ち行為を批判していることには違いないのだ。
 そして何より大事なのは、「どちらも現実に起きている問題である」ということだ。片側だけを採り上げて社会的主張をするのは無意味である。同じ『帰ってきたウルトラマン』のエピソードとしてこの二作品を並べてこそ、そこに真の問題提起が生まれると言えるだろう。

 僕が幼い日にウルトラマンから学んだことは、とても単純だ。
 ――正しいことをする人は正しい。
 ――悪いことをする人は悪い。
 こんなに明快なことも、他にないと思う。


テーマ : ウルトラマン
ジャンル : サブカル

tag : ウルトラマン

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