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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第20話『妖花の記憶』 感想

 今回感想を書くにあたって、戦争というものについてどこまで所感を盛り込むべきか、考えました。
 僕も日本で生まれ育った者として、当然これまでに幾度となく、第二次大戦時代の悲惨さ、残酷さを聞かされてきました。いや、それに加えて水木漫画の愛読者である以上、やはりあの時代の苦しみというものに触れる機会は多かったわけです。
 ただ、これを受けて戦争に対する意見をいろいろ述べたとしても、それは「アニメ鬼太郎の感想を語る」という今回の趣旨からは、大幅にズレてしまいます。ですので、この辺りの部分はほどほどに抑えて、あくまでアニメの感想を述べたいと思います。

 今回の原作は「妖花」。
 怪奇要素は薄く、敵も現れず、ゲスト妖怪とも言える「妖花」は極めて無害な花――。しかし、戦争を題材にしたしんみりしたエピソードということで、昭和期マガジン連載時代の鬼太郎作品の中ではかなりの異色作であると同時に、印象に残る話になっています。
 もっとも、それ故にアニメ化の際には、大きく脚色されるケースが目立ってきました。
 ほぼ原作どおりのおとなしい形にまとめたのは第四期のみ。それ以外は、小鬼やがしゃどくろ、花魄、今回のトゥブアンなど、別の妖怪を絡ませて話を引き延ばし、時にはバトルシーンも盛り込むなどして、常に児童アニメ向きの改変が成されてきました。
 その良し悪しはともかく、そこまでしてでも毎シーズン映像化されてきたという点で、やはり「これは欠かせないエピソードである」という認識が、スタッフの間に根強くあるのでしょう。
 なお今回のトゥブアンは、バトル要素とは無縁で台詞もなく、あまり大きく自己主張をするタイプのキャラクターではなかったため、原作同様のしんみりとした雰囲気が充分保たれていたと思います。

 ちなみに、一連のアニメ版「妖花」で、僕が個人的に興味深く感じているのは、妖花の発生源である日本兵の男性と、その花を受け取るヒロインとの関係が、シーズンに応じて変わっているところ。
 父と娘、叔父と姪、祖父と孫……(第五期は日本兵ではないので省略)。シーズンを重ねるごとに、両者の間に時間的な距離が開いていることが分かります。終戦からそれだけ多くの時が流れた、ということです。
 今回の第六期バージョンでは、ヒロインも年齢がグッと上がり、戦死した男性のかつての恋人という設定になりました。ただし妖花を辿って南の島へ行くのは、彼女ではなく、まなの役目。つまりまなは、「妖花」におけるヒロインの座を、途中から受け継いだ形になります。
 そういう視点から考えれば、今回の妖花とヒロイン(まな)の関係は、「戦時中の男性」と「戦争を知らない世代の少女」という取り合わせであった、と読み解くことができそうです。

 島ではトゥブアンが日本兵の遺骨を守るため、毎夜戦火の音を幻聴として響かせていました。
 戦争は今なお恐怖の象徴なのだ、ということでしょう。
 そんな戦争の名残に触れたまなが、これまで朧げな知識しかなかった第二次大戦時代に、正面から向き合おうと考えるようになる――。今回はそんな物語でした。

 おそらく僕が若い頃にこのエピソードを見れば、さしたる感想も抱かなかったかもしれません。かつての僕は、「第二次大戦の悲惨さを訴える」作品に食通気味でした。毎年恒例すぎて、「またかよ」という気分にしかなりませんでした。
 正直に告白しますが、その流れもあって、水木先生の戦記漫画ですら、いまだにきちんと読めていません。
 僕があの時代に興味を抱くようになったのは、本当に、ここ数年のことです。
 戦前・戦中・戦後――。そこにまつわる諸々の歴史が、実は様々な国や個人の政治思想によって歪められ、今なお真実を巡って論争の渦中にあると知ったことから、ようやく第二次大戦時代に興味を持つようになりました。
 戦争にはいろいろな見方があるし、あっていい。「悲しい」「怖い」「(特定の国が)許せない」一辺倒の意見以外だって口にしていいのだと、分かったからです。
 ただ、どう見るにしても、「正確な知識」を持つことが大前提です。
 だから今回、戦争を知らない世代であるまなが、戦争について学び始めるラストには、大いに共感を得ました。

 もっとも、この時季はよく、「戦争を忘れるな」という言い回しを耳にします(まなのラストの台詞もそうでした)。しかし僕は、この言い方が好きではありません。
 忘れるも何も、当時僕らは生きていませんでした。だから、今となっては「知る」ことしかできないのです。
 ただ、これは戦争を経験していない世代の「強み」でもあると思います。
 知るためには、いろいろな情報を得ることが重要です。例えば今回鬼太郎と目玉おやじが述べた第二次大戦の説明は、極めて不充分かつ、誤解を招きやすいものでした。当時各国がどのような思惑で、どの国に対して、どんな行動を取っていたのか――。政治思想や感情論ではなく、記録と論理をもとに調べていかなければ、「戦争を知る」ことはできません。
 当時を生きた一個人の記憶だけでは、戦争は語れません。それは情報の一つに過ぎないからです。
 僕らは戦争を経験していない第三者だからこそ、あの時の戦争に対して、公平な目で物を見ることができるのだと思います。

 さらに、僕はこうも思います。
 戦争を経験していない世代には、もう一つ、とても大きな強みがあります。
 戦前・戦中・戦後を通して生まれた、国同士の軋轢、憎しみ、恨みを、現代に引きずりながら生きる必要がないのです。
 第二次大戦から七十年以上が経った今、世界情勢も、戦争の手法やあり方も、大きく変わっています。
 今を生きる者として、今の国際関係を第一に考える――。それが、各国が今後正しい道を歩み、互いに無用な争いを生ませないための第一歩であると、僕は思っています。

 そういう意味では、今回まなに日本人の代表として、「ごめんなさい」ではなく、「ありがとうございます」と言わせたこと――。
 脚本を書いたかたが意識していたかどうかはともかく、とても正しい台詞だったと、僕は思います。


 次回はたくろう火。
 原作では「妖怪クリーニング」というエピソードに登場する妖怪ですが……予告を見る限り、原作とは無縁のオリジナルストーリーになりそうですね。
 ではまた次回。

テーマ : ゲゲゲの鬼太郎
ジャンル : アニメ・コミック

tag : ゲゲゲの鬼太郎 水木しげる 妖怪 アニメ

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