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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第89話『手の目の呪い』 感想

 今回の原作は「手の目」。タイトルどおり、妖怪手の目が敵として登場するエピソードです。
 このエピソード、60年代マガジン版の作品ということもあって、過去何度も映像化されてきた……かと思いきや、実はそうではありません。
 もちろん手の目というキャラクター自体は、「目が手の平に付いている」という分かりやすいビジュアルのおかげか、歴代アニメ版でもよく採用されてきました。第二期を(第一期の続編のため)ノーカンとすれば、欠席したのは第四期のみ。それ以外のシーズンでは常連になっています。
 しかしその登場エピソードを見返してみると――。

 第三期は「妖怪手の目と地獄の餓鬼」に登場。しかしこれ、原作は「手の目」ではなく、「迷路」(鬼太郎作品ではない読み切り短編)ですね。この他「鬼太郎危うし!妖怪大裁判」にも登場しますが、いずれも「手の目」が使われたわけではありません。
 また第五期では、同じく「妖怪大裁判」で敵として登場。他にもいくつかのエピソードに登場しましたが、やはり「手の目」そのものは原作には採用されませんでした。
 したがって今回の「手の目」の映像化は、実は第一期以来だった――ということになります。

 もともと「手の目」という作品は、割りとあっさりした短編です。
 ただ、手の目に手の自由を奪われた少年が殺人を犯してしまったり、鬼太郎が自らの手首を切り落としたりと、結構過激な(とは言えあくまで作風はいつもの水木先生ですが)展開が盛り込まれているので、そのままの映像化は難しかった……という理由があったのではないでしょうか。まあ、憶測ですが。
 しかし今回、第六期にてようやく解禁。やっぱり第六期ですと、この過激さは相性がいいのでしょうかね(笑)。
 舞台はあくまで現代、あくまで第六期の世界観ながら、そこに原作の展開をきちんと落とし込み、しっかり「手の目」のストーリーを第六期ならではの形で再現してくれました。

 ちなみに、主な原作要素がアニメ版でどう置き換わったかをまとめると――。
・少年が手の目に操られて殺人を犯す→要人が次々と自殺
・鬼太郎が自分の手首を切り落とす→指鉄砲による殺人を防ぐためねこ娘が切断
・鬼太郎が見せられた無数の手の目の幻覚→仲間が人間に殺される幻覚

 だいたいこんな感じです。
 一方で、切断された鬼太郎の手が這い回ったのは原作のまま。いやはや、もうこのネタは朝のアニメでは見れないものと思っていましたが……まさかやってくれるとは!
 しかしこうなると、吸血鬼ラ・セーヌの回の時にチャンチャンコで済ませちゃったのが、ちょっともったいないですね(笑)。
 ともあれ今回はだいぶ原作回収率が高く、ホラー要素もきつめで、その辺は僕としては結構嬉しかったです。

 しかし純粋に楽しい話だった――とならないのは、やはりこの不穏展開のためですね。
 第六期ならではの要素として描写される、人間と妖怪の対立。今回はこの溝がさらに深まっていきます。
 ぬらりひょんの暗躍。そして総理の野望――。いや、EDに出だした時点で「あれ?」と思っていたけど、まさかこのオバチャンがストーリーのキーパーソンに昇格するとは。もうてっきり妖怪に翻弄されるだけのギャグキャラだと思ってましたよ(笑)。
 おそらく「妖怪獣」の時の屈辱から、妖怪全体に敵意を抱くようになった……といったところでしょうね。独断で妖怪抹殺政策を進める危険人物になり果てました。
 彼女が成立を狙う「妖対法」は、ストーリー内での会話から察するに、妖怪を無差別に抹殺するものとなるのでしょう。今回は一時頓挫しましたが、公式ツイッターやEDを見る限り、今後も話に絡んできそうです。

 それにしても――鬼太郎作品の中で、人間がここまで妖怪対策に本気で乗り出したケースというのは、なかなか前例がありませんね。
 もちろん個々の妖怪事件に対して、人間が対策会議を開くようなシーンはいくつもあったわけですが……だいたい「どうにもならない」で終わるのが定番でした。
 もっともこれについては、過去のシリーズにおいて常に、「妖怪の力が人間を上回っていたから」という理由があります。警察も自衛隊も相手にならない。いや、場合によっては「妖怪なんているわけがない」と、妖怪の存在そのものを否定し、事件解決に乗り出そうとすらしない――。
 だからこそ、鬼太郎が素直に活躍できる舞台が整っていたわけです。
 しかし第六期では、人間が政府レベルで妖怪の存在を認め、きちんと退治方法まで確立させてしまいました。妖怪・オカルト物の作品ではいくつも例がありますが、鬼太郎シリーズの中では、かなり異例中の異例と言える事態です。
 そして――この異例の中で人間が選択しようとしているのが、「妖怪の無差別排除」というわけです。

 これについて、「政府酷い」と眉をひそめることは簡単でしょう。
 しかし……僕としては、ここで少しリアルな視点で考察してみるのもアリだと思いました。

 第六期において、これまで妖怪による大規模な被害は、何度も起きてきました。そもそも、すでに八百八狸の事件で政府は妖怪の存在を認めていますから、その後無策のまま妖怪を放置する――ということはあり得ません。度重なる妖怪被害に対して、対策を講じるよう動くのは、至極当然と言えます。いやむしろ、対策を講じる気がないなら政府としては失格です。
 まあ、これが別作品なら、政府直属の霊能者組織でも設立されるところですが……(笑)。あいにくそうはならず。
 妖怪に効く特殊な銃を開発し、警察がそれを運用することになったわけですね。
 しかし、これ自体も特に問題ではないはずです。社会の治安を守るのは警察の大事な役目ですし、その警察には、治安を乱す相手に打ち勝つ力が必要だからです。
 ……この考え方を「野蛮だ」と感じる人もいるかもしれません。しかし実際問題、悪意(「敵意」ではなく「悪意」です)のある相手を丸腰で説得するのは無理な話です。ましてや相手は、人間の力を遥かに凌駕する妖怪。となれば、専用の武装は必須でしょう。

 では逆に、「妖対法」の何が問題なのか。
 端的に言えば、善悪の区別なく「妖怪」を一括りにし、理由もなく無差別に、問答無用で抹殺する――という内容に問題があります。
 言い換えれば、実は問題はそこだけです。
 国家機関が妖怪による人的被害を防ごうとする動きには、何の問題もありません。それは、たとえ総理の言動が悪質だったとしても同様です。人間が妖怪を恐れ、国家に安全保障を求めるのは、至極当たり前のことでしょう。
 ただ一方で、妖怪の中にはすでに市民権を得ている者もいます。小豆連合軍やひでり神、何より鬼太郎……といった面々ですね。「妖怪」を一括りにするのではなく、善悪(まあ、その基準は人間側に委ねられますが)によって区別するべきである――。この意識が大事です。
 もっとも、この点に気づいている人間は決して少なくはないはずです。したがって、世論がそのように政治に働きかけることは可能でしょう。
 加えて、武装は抑止力として用い、実力行使は最終手段とすること。……この辺は常識ですね。まあ、現実世界では概ね守られていますが。
 ……とまあ、以上の部分を見直しさえすれば、「妖対法」なるものの成立は可能であり、それは人間と妖怪のどちらにとっても絶望的なものではない――と、僕は思っています。

 ちなみにもっと現実的な視点から考えれば、この総理は狸に日本を売った時点で、とっくに辞任させられてなきゃおかしいんですがね(笑)。
 まあ、それ言ったら身も蓋もないっていう。

 ……というわけで、人間視点から見た「妖対法」に対する一意見でした。
 しかしアレですね。現実の政界もこれぐらい強気に安全保障に取り組んでくれれば、ありがたいんですけどねー。おっと話が逸れた。


 はい、今回はここまで。
 次回は「さざえ鬼」ですね。アイドルってのは、要するにニセ鬼太郎のことでしょうね(笑)。
 楽しみにしています。ではまた!

テーマ : ゲゲゲの鬼太郎
ジャンル : アニメ・コミック

tag : ゲゲゲの鬼太郎 水木しげる 妖怪 アニメ

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