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ゲゲゲの鬼太郎第6期・第97話『見えてる世界が全てじゃない』 感想

 ついに完結。

 人間への深い失望から異界「非ざるの地」に引きこもってしまった鬼太郎を呼び戻すため、仲間達の協力を得て異界へと向かったまな。
 一方で我を失った妖怪と人間の醜い戦争は終わらず、ベアードがもたらす終焉は刻一刻と迫っていた――。

 ……という具合で始まった最終回。
 いろいろと書きたいことはあるのですが――まずは、そうですね。やはりこれを申し上げなければなりません。

 制作スタッフ、キャストの皆様、本当にお疲れ様でした。素敵な完結をありがとうございます。
 二年間という長丁場でしたが、何やかんや言いつつも、毎週楽しく視聴させていただきました。
 原作・旧アニメ版の重みを背負いながらも、独自のものを築き上げるべく頑張ってこられた皆様には、本当に頭が下がる思いです。
 「異なる者との共存」というテーマに真っ向から挑み、そのきれいごとだけではない難しさも含めて描き切った今回の第六期は、非常にメッセージ性が強く、アニメ鬼太郎史に深く刻まれるに値する出来栄えだったと思います。
 この最終回をもってストーリーは完結しましたが、またいつの日か、同じ世界観を舞台とした番外編であったり、あるいは未来に作られる新作の中でオマージュ的に触れられたり――といった形で、この第六期シリーズがどこかで蘇ってくれることを期待しています。
 繰り返しになりますが、二年間、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。

 さて――。改めて、今回の最終回です。
 良かったところと気になったところ。どちらから書こうかと悩んだのですが、やはり下げて上げるパターンの方が作品の印象もよかろうということで、まずはマイナスだと感じた部分から書きます。
 と言っても本当に一点だけなのですが、結構大きな一点なので――。

 戦争批判。これですね。とても気になりました。
 ……いや、誤解のないように言っておきますが、べつに僕だって殺し合いそのものを肯定するつもりはないです。そもそも水木先生ご自身が戦争の悲惨さ・虚しさを訴え続けていたわけですから、アニメ版の鬼太郎が同じ戦争批判を訴えるのも当然です。
 しかし、作中での「戦争」には疑問があります。
 ――本来殺し合う必要がないはずの、ゲゲゲの森の妖怪達と人間との戦い。それをねずみ男は一喝し、ベアードと戦う鬼太郎をみんなで応援するように号令をかけました。
 これ自体はまったく問題ないし、むしろ熱い展開です。でも――「戦争」って何なんでしょう。
 鬼太郎とベアードの戦いは、「戦争」ではないのでしょうか。
 妖怪と人間の戦い。鬼太郎がベアードに挑んだ戦い。どちらも戦いには違いない。それも、自分や仲間達を守るための戦いです。前者が手段を誤っていたとしても、戦いに至った動機は何一つ変わらない。なのに、片方を「戦争」と呼んで否定し、もう片方を「戦争」と呼ばずに肯定する。僕はこれを素直に、おかしいと感じました。
 そう、変に「戦争」というワードを持ち出す必要はなかったはずなんです。要は、「分かり合える相手とは戦うな」。これだけでいいんですよ。否定したい方の戦いだけを敢えて「戦争」と呼ぶ――なんてのは、単に戦争批判のポーズを取りたいだけの上っ面の手法のように思えてなりません。
 ……というわけで、ストーリーの肝であることは承知の上で、戦争云々はだいぶ気になった部分でした。

 では気を取り直して、良かった点に移りましょう。
 今回の話の中で僕が推したいのは、やはり大きなカタルシスを覚えた次の二点ですね。

 一つ目は、みんなの声援が鬼太郎に力を与えて、その指鉄砲がベアードをぶち抜くまでの一連のシーン。要するにバトルのクライマックス部分。
 みんなの声援を受けてパワーアップという、まあ、ぶっちゃけよくある展開とも言えるんですが、しかしそこはあくまで一つのお約束。それまで争い合っていた妖怪と人間が心を一つにし、鬼太郎(=妖怪と人間の狭間に立ち葛藤してきた者)にエールを送る――。そういう流れだったからこそ、意味があるのだと思います。
 もちろん、放送二年を通して登場してきた仲間達やゲストキャラが姿を見せた点もポイント高し。さらに、彼らの体から溢れるのが、これまで悪意の具現化として描写されてきた黒いオーラではなく、白く輝くオーラであるのがいいですね。
 そう、これまでの鬼太郎の働きは決して無駄ではなかった。あの瞬間、妖怪と人間は真に分かり合えていたのだ――と思います。

 そして二つ目は、まなの記憶喪失からラストまでの流れ。
 ……上に挙げたラストバトルの中で、唯一鬼太郎に声援を送れなかったまな。はい、実は意識を失っていただけでなく、鬼太郎や妖怪に関する記憶すら失っていたからでした。
 いや、正確に言えば、彼女の記憶――人間と妖怪の間に存在した絆の記憶――が、それを失った鬼太郎に受け渡されていた、と。だから言い換えれば、あの場で全員の声援を受けていたのは鬼太郎だけでなく、その鬼太郎に記憶を譲ったまなも同様だった――と読み解くのは、こじつけすぎるでしょうか。でも、そう考えると素敵だよねって思います。はい。
 しかし目を覚ましたまなは、鬼太郎のことを覚えておらず……。
 無言で去っていく鬼太郎。そして日常が戻り、やがて十年の歳月が流れ――。
 大人になったまなが夜道で妖怪に襲われそうになった時、彼女の前にチャンチャンコを着た少年が現れる。あの時と――そう、この場所で初めて出会った時と、変わらぬ姿で。
 その瞬間、封じられていたまなの記憶が蘇り、彼女が少年の名を口にする。

「――鬼太郎」

 いや、すごく心に染みる終わり方でした。
 エンディングの後には、まなが十年のブランクを経て鬼太郎達(アニエスとアデルも!)との交流を再開したことが示唆され、気持ちのいいハッピーエンドになっていたと思います。
 ちなみにこの「十年」という部分。歴代のアニメシリーズがおおよそ十年ごとに作られてきたことを意識しているそうですね。
 たとえ第六期が完結しても、いつか鬼太郎は戻ってくる。これまでと変わらぬ姿で――。
 それを想起させるとともに、後口のよさを残す、素晴らしい終わり方でした。

 というわけで見所二点の振り返りも済んだところで、他のあれやこれやについても触れておきましょう。
 まず、ぬらりひょんの自爆。いや、まさかそう来るとは。
 ベアードの暴走。鬼太郎の復活。そして人間と妖怪の和解。これらをもって、ぬらりひょんの敗北は決まった――ということでしょうね。
 一応歴代に倣って仕込み杖を手にしていた彼ですが、第六期版はあくまで頭脳派。直接鬼太郎と刃を交えることは、ありませんでした。

 一方朱の盆は、ぬらりひょん様を想って憂う日々。
 非情かつ武闘派という、今までにない朱の盆ではあったものの、最後は特に見せ場を得ることもなく……。
 うーん、結構注目していたんですけどねぇ。何だか虚しい結末でした。
 まあ、まとめて爆死した総理達よりはマシか(笑)。

 あと、大人になった雅ちゃん。
 うん。いいね!

 美琴さん。脱グレタおめでとう。
 これを機に真っ当に生きてほしい。

 蒼馬くん。大翔くん。裕太くん。
 ここまでだいぶ空気な感じだったけど、最後にちゃんと見せ場があってよかったです。

 他にもいろいろなキャラが再登場していました。
 まさに二年間の集大成です。感慨深し。

 というわけで――。
 長々と書いてきましたが、そろそろお開きにしたいと思います。
 なお当然ですが、各話感想は今回をもって終わりとなります。
 毎週アニメの感想を書くというのは自分でも初めての体験でしたが、最後まで走り切れてよかったです。ただの一ファンの駄文ながら、ここまでお付き合いくださいました皆様、まことにありがとうございました。
 でも近いうちに、改めて総評記事とか書くかもしれません。
 ではまた、いつか!

テーマ : ゲゲゲの鬼太郎
ジャンル : アニメ・コミック

tag : ゲゲゲの鬼太郎 水木しげる 妖怪 アニメ

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